2019.4.30

「クラシック信仰」に異議あり! 子どもの頭を良くする音楽の“意外なジャンル”

「クラシック信仰」に異議あり! 子どもの頭を良くする音楽の“意外なジャンル”

(この記事はアフィリエイトを含みます)

ヘヴィ・メタル(以下、メタル)と聞いて、みなさんはどんな印象を持ちますか? ただ叫ぶだけの音楽? 不良が聴くような音楽? そのように、一般的には悪いイメージを持たれるメタルですが、脳科学者の中野信子さんは中学生のころから一貫してメタルを愛聴してきたといいます。そして、むしろ思春期の子どもには、メタルは「心にも頭にも良いかもしれない」と提案します。2019年1月には、メタルが脳に及ぼすポジティブな影響を考察した『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』(KADOKAWA)を上梓した同氏に、メタルを聴くと本当に「心が整うのか」「頭が良くなるのか」を聞きました。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/櫻井健司(インタビューカットのみ)

子どもにクラシック音楽を聴かせると頭が良くなる?

書店の児童書売り場に行くと、クラシック音楽の「効能」を謳う本や教材がたくさん並んでいます。「クラシックを聴くと情動が落ち着いた子に育つ」「子どもの頭に良い影響がある」……。そんな「クラシック信仰」とでもいうべき見方が、世の中には根強く存在しています。幼い子どものころにモーツァルトを聴かせると頭が良い子に育つという、いわゆる「モーツァルト効果」を頭から信じ込み子どもに聴かせる親もいまだに多いようです。

わたしは、こうしたことを「ちょっと問題がある行動では?」と感じています。子どもにクラシックをすすめることにどのような背景があり、聴くと具体的にどんな効果が見込めるのかを理解してすすめるなら問題ないのですが、「うちは落ち着きがないから、なんとか模範的な子どもに育ってほしい」と願って押しつけるような親には、疑問を抱かざるを得ません。

「モーツァルト効果」が広まったのは、1993年に『Nature』に掲載された「モーツァルトを聴かせたら大学生の認知力テストの成績が上がった」とする研究報告がきっかけです。「モーツァルトを聴くだけで頭が良くなる」という方法は、子どもの教育に悩む親が欲していた手軽な解決策であり、また「そうであってほしい」と願っていた結果でもあったので、発表されるとまたたく間に全世界に広まりました。

子どもの頭を良くする音楽の“意外なジャンル”2

子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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「モーツァルト効果」 が存在しないのは研究者のなかでは常識

しかし、その6年後、心理学の専門誌『Psychological Science』に掲載された論文によって、その研究結果は再現性がないとして否定されます(※1)。「モーツァルト効果」が、「アーティファクト(人工的に出てきた結果)」であることがあきらかになったのです。

「アーティファクト」といっても、けっして悪意のある捏造などではなく、おそらく最初の研究者は、「モーツァルトを聴くと頭が良くなるはずだ」と思い込んで研究したのでしょう。すると、一般的な科学実験でも起こることですが、真実の効果ではなく「研究者が見たいと思う効果」が見えてしまうことがあるのです。つまり、「モーツァルト効果がある」と仮定して実験していると、それを補強するデータだけを拾ってしまう現象が起きるのです。

さらに、ハーバード大学のクリストファー・チャベス氏をはじめ、そのほかの研究者たちもモーツァルト効果を否定する論文を発表し(※2)、現在では「モーツァルト効果」など存在しないことは研究者のあいだでは「常識」となっています。でも、古い研究しかご存じない方や、「モーツァルト効果」を謳ったビジネスを展開されている先生たちは、現在でもそうした主張を繰り返している可能性があります。そして、子どもの行いが悪くて勉強もしないといった理由からか、せめて音楽はクラシックのような「良い音楽」を聴かせたいと考える親がいます。子を思う親の純粋な気持ちが謎のビジネスの資金源にされていることを思うと、なんとも残念でなりません。

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メタルで「不安傾向」を埋めると、「頭が良くなる」可能性が高い

そこで、根拠のない「モーツァルト効果」がいまだ音楽産業や教育産業のPR・マーケティングとして使われ続けている現状を見て、わたしは「むしろメタルのほうが、ある思春期の子どもたちには良い効果があるのでは?」と考えるようになりました。もちろん、これもあくまで推論ですが、ある程度のレベル以上の成績優秀者に限っていうと、メタルを聴いている子どものほうがより「頭が良くなる」と考えることができるからです。

というのも、成績が良い子というのはちょっと先生に怒られたり、ちいさなミスを犯したりしただけで、「もっと悪いことが起きるかも……」と不安に感じてしまうような不安傾向が高い子どもが多いから。脳科学的にいうと、心のバランスを取る役割を持つホルモンである「セロトニン」があまり出ないような脳の持ち主です。そんな子どもは、勉強においても「ここが悪かったんだ」「次は良くしなきゃ」というように、自分に対してネガティブなフィードバックをする傾向にあります。まさに、それゆえに成績が良くなる面があるのですが、この高すぎる不安傾向をメタルがうまく埋めてくれることで実力を発揮しやすくなったという報告があるのです。

ちなみに、不安傾向の高さと成績の良さの関連性も、推論の域を出ないものではありますが、ペーパーテストについていえば、90点で満足する子どもと90点しか取れなかったと悲観する子どもでは、どちらのほうがより成績が伸びるかという単純な比較はできそうです。「なぜまちがったのだろう?」「次は絶対失敗しないぞ!」と思って繰り返し勉強を続ける子どものほうが、モチベーションとしても成績は上がりやすいと推測できるでしょう。

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激しい音楽を聴きながら手術に臨む外科医たち

世間一般的に成績優秀者と認められている医師たちが、じつは手術中に流す音楽は「ハードな音楽がもっとも多い」という面白い調査もあります。この調査ではメタルは広義のロックに含みますが、音楽のストリーミング配信サービス『Spotify』と医師向けInstagram『Figure 1』がアメリカの医師をリサーチしたところ、90%の外科医が手術中に音楽を流していると答え、もっとも人気なジャンルはロックだったのです(49%)。49%という数字は、単なる偶然の一致とはいえない数字ですよね? なかでも、メタリカやレッド・ツェッペリンなどの人気が高く、ある医師は「ロックを流すと快適になり、患者に集中できる」とコメントしたほどです(※3)。

わたしたちは、手術室は無音、もしくは音楽をかけていたとしてもクラシックやヒーリングミュージックが流れている程度だと想像しがちです。しかし実情は、激しい音楽を聴きながら手術に臨んでいる医師がもっとも多かったのです。医師は若いころは当然成績優秀者であったはずで、そのころに激しい音楽を聴いて不安が解消された情動の記憶を持っている人が多いのでは? とわたしは推測しています。もちろん、手術室に「ぶち壊せ!」と叫ぶこともある音楽が流れているとなると、歌詞ではなくリズムに乗って集中していると思いたいですけどね……(笑)。

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ストレス耐性を上げて、不安を直視する力をメタルが与えてくれる

ふだんの学校での勉強や近い将来に控えた受験などを心配して、不安に感じない子どもは少ないでしょう。ただ、不安傾向が高すぎると、「学校や社会から疎外されている」と感じたり、「大事なときに本来の力が出せない」という実行面で影響が出たりすることもあり、その心理的ブレーキをやわらげてくれるなにかが必要になります。

不安がパフォーマンスを左右することについては、2011年にシカゴ大学の心理学者シアン・ベイロック氏らが実験を行い、「試験についての不安を試験直前に書き出すことで、成績が向上する」という実験結果を発表しました(※4)。簡単に内容をまとめると、学生をふたつのグループにわけて2回の試験を受けさせて、1回目と2回目の成績を比べました。このとき、まず2回目の試験前に重要な試験であることを伝えてプレッシャーを与えます。そのうえで、片方のグループには10分間時間をとって「試験について不安なこと」を書き出させ、もう一方のグループはただ静かに座らせました。すると、不安を書き出したグループのほうが、1回目のテストより正答率が5%向上し、もう一方のグループは正答率が12%も下がったというのです。

つまり、この実験で見えてくるのは、不安をうまく扱うためには、むしろ「不安を直視したほうが良い」ということ。そこでわたしは、子どもに不安を直視させるためにもメタルが役に立つのではないかと考えています。なぜなら、メタルの歌詞や破壊的な音を聴くことで、「自分と同じようなストレスや疎外感を持って生きている人がいるんだ」というメッセージを音楽から得て、一時的にストレスを軽減する効果があると推察しているからです。

さらに、イギリスのウォーリック大学の研究チームが成績の優秀な学生を選んでメタルに関する調査を実施したところ、メタルにはストレス発散や欲求不満の解消に役立つ効果が認められました(※5)。成績優秀であることは、自分自身への期待に加え、まわりからの期待によって大きなプレッシャーを抱える場合があります。しかしメタルを聴くことでそんなプレッシャーを一時的に忘れ去り、ストレス耐性を上げる可能性が言及されたのです。

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「良い子にならなきゃ」というプレッシャーが、子どもの才能を潰す

このようなことからも、「子どもにメタルなんか聴かせるのは良くない!」といった意見が、いかにステレオタイプな見方であるかがおわかりになるはずです。別に成績優秀者に限らず、思春期の子どもはストレスを感じやすい存在です。そんな子どもが、自分自身を過度な不安傾向から守り、「ここぞ!」というときに力を発揮するには、「メタルも役立つかもしれないな」という認識を新たに持っていただけると良いと思いますね。

どれだけ美しいクラシックでも、励ましのメッセージが詰まった音楽でも、そんな音楽をきれいごとに感じる子どもにとっては、「ウソをつけ!」となって逆効果です。むしろ、不安傾向が高い子どもには、「現実に向き合え!」「騙されるな!」と歌ってもらったほうが、「うんうん、そうだよな」と納得できることもあります。「世界は残酷で噓だらけの場所なのだ」とあらかじめ認識しておくことで、心の安定に寄与することがあるというのがわたしの考えであり、また偽らざる実感でもあるのです。

たしかに、メタルという音楽ジャンルは一般的なイメージこそ良くないかもしれません。でも、「イメージが良くない」ことが大事なのです。「良い子にならなきゃ」という不安やプレッシャーが、子どもたちの成績を落とし、才能を潰します。ノーベル賞を受賞した科学者たちは、ほぼみんな「好きなことをやれ」といっています。むしろ、親のいうことに従ってしまう子どものほうが怖いかもしれない。「うん、わかった」といいながら、とんでもないことする子どもだっているのですから。

そこで親は、「清濁併せ呑む」度量を持っていることを示したほうが良いのだと思います。そして、子どもに無条件の愛情を与える。たとえば、成績が良いときはほめて甘やかすのに、落ちたらものすごく叱ったり、「おまえの味方だ」といいながら子どもが悪いことをしたら責めるだけだったりすると、子どもはとても混乱します。「悪いことをしたけど、おまえを信じている」というのが無条件の愛情であり、存在を受け入れるということ。子どもが安定した愛着を築いていくためにも、親は「悪いところも良いところも受け入れる」という真の愛情を示すことが必要なのだと思います。

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※1:『The Mystery of the Mozart Effect: Failure to Replicate』 July 1,1999, Psychological Science, Kenneth M. Steele, Karen E Bass, Melissa D. Crook
※2:『Muting the Mozart effect』Dec 11,2013, The Harvard Gazette
※3:Spotify and Figure 1 team up to hear what surgeons are playing in the OR, Figure1
※4:Writing about worries eases anxiety and improves test performance, Jan 13,2011, uchicago news
※5:『Gifted Students Beat the Blues With Heavy Metal』 March 19,2007, University of Warwick, Stuart Cadwallader and Professor Jim Campbell

メタル脳 天才は残酷な音楽を好む
中野信子 著/KADOKAWA(2019)
メタル脳 天才は残酷な音楽を好む

【プロフィール】
中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から2010年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。コメンテーターとしてテレビ番組に出演する傍ら、ベストセラーも多数。近著に『サイコパス』(文春新書)、『あの人の心を見抜く脳科学の言葉』(セブン&アイ出版)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『不倫』(文藝春秋)などがある。