こんにちは。life styleに「絵本の力」を取り入れ、楽に成果を出し、楽しい未来の選択ができるようになる方法をご提案している、絵本スタイリスト®景山聖子です。
昔話は、日本人なら誰でも一度は聞いたことのある、なじみ深いものですね。
最近では有名な昔話をモチーフに、新しい角度から想像を広げた「昔話法廷」というテレビ番組が放送され、人気を博しています。併せて、本番組を小説化した書籍も出版されています。
さて、昔話は、ご家庭でも積極的に読み聞かせてもらいたい絵本の一つです。なぜなら、幼い子どもに「生きる知恵」を授けてくれるから。今回は、子どもに昔話を与える意義と、効果的な与え方についてお話しします。
大人のとらえ方と子どものとらえ方の大きな違い
昔話という形で創作された、こんな絵本があります。
世にも美しいお姫様がいて、彼女を一目見て王子や騎士は次々に恋に落ちます。しかしひとめぼれした途端、首がコロコロ転がってしまうというお話です。
- 自分を忘れるほど相手のことばかり考えると身を亡しかねない
- 見た目の美しさだけに騙されてはいけない
子どもたちは本書から、このような教訓を得られることでしょう。
これを以前、私の読み聞かせ講座で取り上げた時のこと。参加者の頭を、一抹の不安がよぎりました。
大人が子どもに読んであげる手前、このような疑問が生じ、ストップがかかってしまうようです。
一方、実際に私がこの絵本を読み聞かせると、そんな心配事は杞憂で終わることがわかります。なんと、首が転がる絵を見て、子どもたちからケラケラ笑い声があがるのです。
このような感想がこぼれます。さらには、とってもかわいいこんな決意までお話してくれる子どももいました。
大人が心配するように、怖がる子どもは誰もいなかったのです。この違いは何でしょうか? それは、大人と子どもの「人生経験値の違い」にあるようなのです。
先入観のない幼い子どもには、昔話の教訓だけを渡してあげて
大人は、今までの自分の人生で実際に起こったり、見聞きしたりする経験を通して、たくさんの情報を得ています。そのため、首が次々に転がる絵本のシーンと関連する印象の良くない出来事を、どうしても真っ先につなげて考えてしまいます。
しかし子どもは、大人の目には残酷に映るこのシーンと結びつく情報、いわば「先入観」をまだ持っていません。ですから「こういうあらすじのお話で、こんなことがわかった」という、絵本の内容だけが頭に残ります。
4〜5歳くらいの子どもたちは、ストーリーのあるお話も理解し始める年齢です。それでいて、何の先入観もなく、様々なお話を受け止めることができます。だからこそ、この年頃のお子さんにぜひ、昔話の教訓だけをたくさん渡してあげて欲しいのです。
読み聞かせ方次第で子どもの受け取り方は180度変わる
ある日、この絵本を読み聞かせたボランティアの方が、こう悩んでいました。
どうして子どもに怖がられてしまったでしょうか? ボランティアの方に、どのように読み聞かせたのかと聞いてみました。すると、こんな答えが返ってきました。
大人の読み聞かせ方によって、子どもの受け取り方は大きく変わります。これは私が一番お伝えしたいことでもあります。
私が読み聞かせる時はいつも、首が転がるシーンでは、ただ棒読みをしています。自分の感情を入れず、淡々と読むのです。そうすることで、お話の展開における事実のみを「こうなったんだって」と客観的に伝えることができます。
すると子どもも怖がらず、ただ「そういうお話なんだ」と素直に受け取ります。一方、ボランティアの方は、このような個人的な感情を込めて読み聞かせをしていました。
すると子どもは、大人の過去の経験から浮かぶ、恐怖という個人的な感情を受け取ってしまうのです。だから子どもたちは怖がり、嫌がったのですね。
昔話は、教訓を伝えるお話が多いもの。そのため、中には残酷なシーンも含まれます。だからこそ、読み方に気を付ける必要があるのです。
感情を込めて読み聞かせると、教訓を自分個人の気持ちとセットにして渡してしまうことになります。その結果、先入観がないために、昔話の残酷な部分は聞き流し「学び」の部分だけを吸収できるお子さんに対して、不要に恐怖を植え付けてしまいかねません。
それを避けるためにも、棒読みで淡々と読み聞かせてあげてください。この一工夫で、昔話の教訓だけをお子さんに渡すことができるようになるのです。
ユング心理学が裏付ける昔話の力
昔話を心理学的な知見で解説したものに、京都大学名誉教授である河合隼雄さんの『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』という本があります。著者は日本のユング派心理学の第一人者で、文化庁長官を務めた方なので、ご存知の方も多いでしょう。
本書で河合さんは、このように話しています。
大学生に「自分の人格形成に強い影響を与えた書物について」というレポート課題をだしたことがある。このとき、幼小児期の体験として昔話をあげる人が案外多く驚いたことがある。
(引用:河合隼雄(1994),『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』,講談社.)
そして、昔話で人間に潜む根本的な意識を知ることは重要だと主張しています。人間社会で生き抜くためには、グロテスクで怖い本来の姿のままの昔話を読み、教訓を得ることが大切だというのです。
ではなぜ、昔話から人間の根本的な性質を読み取り、学ぶことができるのでしょうか? その理由として、昔話は人間の「心の構造」の反映であるからだと、河合さんは強調します。
例えば「トルーデおばさん」というグリム童話を知っていますか?
父母の言うことを聞かず、好奇心があふれ出し、森へ行ってしまった女の子が、魔女に出逢い、命を奪われてしまうというお話です。
このお話の解説として本書では、女性の中に本能として必ず存在する好奇心について述べられています。
このように、本能をコントロールしないといけないという教訓が、お話の展開から読み取れるというのです。
現在の昔話いろいろ
昔話には、様々なバージョンの絵本があります。例えば、こちらの『ももたろう』は、1965年に発売されているロングラン絵本です。絵の迫力により、鬼が今までいかに悪いことをしてきたのかが伝わってきますね。
こちらの『かちかちやま』は、おばあさんがたぬきにひどい仕打ちを受けるシーンも全て、省略されずに掲載されています。
このように、昔ながらのお話をそのまま伝える、迫力ある絵本が存在します。同時に、残酷な描写が意図的に省かれたり、ソフトな描写に変えられたりしている絵本も、出版されるようになりました。
以前、幼稚園で昔話を読み聞かせたボランティアのSさんが、こんなお話をしていました。
その親御さんはこうおっしゃっていたそうです。
各ご家庭で、それぞれの教育方針がおありなのでしょう。子育てに対する考え方が多様化した現代、異なるニーズに応えるために、いろいろな表現の昔話絵本が登場しているのかもしれません。
昔話の絵本体験は「人生のリハーサル」の場
昔話は、危険なことも悲しいことも口惜しいことも、すべて安心できる親の膝の上で、架空のお話を通して経験させてくれます。これはいわば「人生のリハーサル」とも言える体験です。
人間が本来持っている様々な性質を鮮明に描き出している、昔話。人間の根本を示した上で、自分はどのように生きていきたいのかを、いずれ子どもたち自身に考えさせる「種」をまいてくれます。
これはいつか、自分の人生で同じような壁にぶつかったときに、解決策を導くための良きヒントとなります。将来、お子さんを支える大きな力になることでしょう。
現代社会が複雑化し、昔話で描かれる生活風景が失われていたとしても、人の本質は変わりません。綺麗ごとだけでは済まされない人間社会。しかしそれを知った上で、強く、心清らかに「生き抜く力」をくれるのが昔話なのです。
昨今、社会全体の教育方針をそのまま受け入れ、画一的なものを子どもに与える時代から、親自身がどのような子育てをしたいのかを考え、我が子に与えるものを自ら選ぶ時代に変わってきたようです。その背景を踏まえ、昔話絵本の内容も、多種多様化しています。
さてあなたは、我が子をどのような人間に育てたいと願っているのでしょうか? そしてそのために、どのような絵本をお子さんに与えますか?
(参考)
NHK Eテレ「昔話法廷」制作班 編, 今井雅子 原作, イマセン 法律監修, 伊野孝行 挿画(2016),『昔話法廷』,金の星社.
イソール 著, 宇野和美 訳(2014),『うるわしのグリンダひめ』,エイアールディー.
河合隼雄(1994),『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』,講談社.
松居直 作, 赤羽末吉 絵(1965),『ももたろう』,福音館書店.
広松由希子 作, あべ弘士 絵(2010),『いまむかしえほん(5)かちかちやま』,岩崎書店.