あたまを使う/英語 2018.5.26

【田浦教授インタビュー 第2回】英語の習得に必要なのは何時間? 20,000時間 vs. 800時間

編集部
【田浦教授インタビュー 第2回】英語の習得に必要なのは何時間? 20,000時間 vs. 800時間

立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授の田浦秀幸さんに、バイリンガリズムや日本の子どもに最適な英語学習についてお話をうかがうシリーズの第2回目をお届けします。

第1回では、発音・聞き取り・文法・語彙における臨界点について、お話しいただきました。今回は、言語の習得と年齢の関係、そして英語教育の早期化の意義を探ります。

母語は5歳でほぼ完成し、10歳で定着する

——言語を習得する際、子どもが大人より上達が早いのは、十分なインプットがあるときに限られると聞きました。子どもが大人より早く上達するためには、どれくらいの時間、英語にふれることが必要なのでしょうか?——

田浦先生:
5歳になると日本人は日本語、イギリス人やアメリカ人は英語という母語がほぼ完成します。5歳までの時間を計算すると、約20,000時間、言語にふれ、且つその言語を使っていることになります。

子どもは1歳から1ワードを発話し始めますね。年齢が上がるにつれて、だんだん言語の基礎ができていきます。さらに小学校に入って文字を習うと、今まで聞いて話すだけだった音を「こう読むんだ、こう書くんだ」とわかるようになります。「マッピング」と言うのですが、これが小学1、2年生で起こるんですね。

そして、リテラシーがつくと、言語をなかなか忘れにくくなります。それは約10歳、だいたい小学4年生の頃だと言われています。だから、10歳で、母語がだいたい完成すると言っていいでしょう。

あとは、ブラッシュアップです。敬語やより丁寧な表現、そして知的な語彙などを習得していくことになりますが、そこには長い時間がかかります。

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英語の習得に必要なのは何時間? 20,000時間 vs. 800時間

日本でふだん日本語を使って生活する我々が、従来の中学校から、教養科目で英語を学ぶ大学2年までの間、英語を勉強する時間を計算すると、約800時間です。20,000時間と800時間を比べると、全然話になりません。

且つ、母語である日本語と外国語である英語は、習得の仕方も大きく異なります。母語習得では、自分の欲求を「まんま」等と言うことでお母さんに理解してもらって、生活の中で言語を吸収して、だんだん話ができるようになっていきます。

一方、外国語の授業では、”My name is…….”(「私の名前は……です」)、”This is a pen.”(「これはペンです」)などと、わかりきった内容を話すことが多いですね。生きる上での自分のニーズを満たすために言語を習得するのとは大違いです。

だから「英語を習得するにはどれくらいの時間が必要か?」と聞かれたら「20,000時間ふれてください」ということになってしまいます。実際には無理ですよね。でも、できるだけそれに近づける形で、英語にふれることと、英語を使うことの、両方の機会を得ることが重要です。

今は、英語を使う力があまりにも低いので、文部科学省が「英語の授業を英語でしなさい」と言っていますね。僕はとっても良い方向性だと思います。

子供は面白かったら言葉にするものです。”Repeat after me.”(「リピートしてね」)にしても、なにか発話を誘導すると、十分にインプットがあれば、自分から少しずつ話し出します。

今までの「800時間」の中に含まれていなかった、幼稚園や小学校の時期に、できるだけたくさん英語にふれ、英語を使う機会を設けるといいと思います。

外国語学習に影響を与える「思春期」の精神面での変化

幼稚園や小学校の時期は、周りの友達が何と言っても、あまり気にならないような時期ですね。思春期に入る前で、まだまだ模倣期です。その間に英語にふれることは、とても意味があることです。

12歳、中学1年生という従来の英語開始時期の子どもは、もう思春期になっていますね。そのため”Repeat after me.”(「リピートしてね」)と言われても、大きな声でリピートするのは恥ずかしいとか、みんなの前で英語を話すなんて恥ずかしいというような気持ちが芽生えてきます。

あるいは帰国子女の子どもが日本の公立中学校に入学すると、最初は今まで通りネイティブのようにペラペラ英語を話しているんですが、だんだん他の子どもからの無言のプレッシャーを感じて、わざと下手な発音で話すようになります。思春期のピアプレッシャー(同調圧力)は非常に大きいですね。

我々研究者はよく「思春期、思春期」と言いますが、それがなぜかというと、男性・女性の体に近づくと同時に、精神的な変化も大きいからです。

バイリンガリズムと英語学習第2回2

早期英語教育による日本語力低下の心配は不要

2020年の英語教育改革では、小学3年生から週1回、外国語活動が導入されます。年間を通して、35回の授業です。加えて、小学5年生からは週2回、年間70回の英語の授業があります。

このように、小学校での英語の時間が増えるのは良いことなのですが、それでもやっぱり圧倒的に授業数が少ないですよね。やるんだったら思いきって、毎日やって欲しいですね。

英語の授業数を増やすと「国語はどうなるんですか? 日本語力、大丈夫ですか?」と不安に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、そんな心配はいりません。だって、5歳まで、20,000時間も日本語に接しているわけでしょう。加えて、小学校でも毎日のように、日本語で算数や理科も勉強しますよね。

そんな簡単に、母語である日本語が揺らぐわけがないんです。だから、小学校で毎日1時間英語の授業をしても、正直まだ足りないくらいなんだけれども、それでも中途半端に週1回やるよりは、毎日やったほうがいいと思います。

良い英語の先生に出会えれば、子どもは「英語って楽しい」と思うはずです。算数などの他の科目とは違って、英語の授業では歌もあるし、体も動かしながらできますよね。それで英語の時間が楽しみになったら、絶対に身につくはずですよ。好きなスポーツなら一生懸命やるのと同じで、英語も好きになれば上達も早いことでしょう。

【プロフィール】
田浦秀幸(たうら・ひでゆき)
立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授。シドニー・マッコリー大学で博士号(言語学)取得。大阪府立高校及び千里国際学園で英語教諭を務めた後、福井医科大学や大阪府立大学を経て、現職。伝統的な手法に加えて脳イメージング手法も併用することで、バイリンガルや日本人英語学習者対象に言語習得・喪失に関する基礎研究に従事。その研究成果を英語教育現場やバイリンガル教育に還元する応用研究も行っている。

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母語習得に必要な時間と比べると、既存の教育制度における英語の時間数は断然少ないのですね。また、思春期の精神的な変化が外国語の学習に関係するとのこと、驚いた方も多いのではないでしょうか。次回は、幼少期に培った英語力の喪失と維持に関して、お話をうかがいます。