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早期教育への注目度がどんどん増しているいま、日本屈指の名門校である開成中学・高校の校長、柳沢幸雄先生は「10歳までの子育てが大切」といいます。すると、「やはり幼いときから勉強させることが大切なのか」と早合点した人もいるかもしれませんが、そうではありません。柳沢先生が大切だとするのは「10歳までの幅広い経験」だそうです。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
10歳までのあいだにできる、人間としての基本形
人間というのは、10歳頃までのあいだに「人間としての基本形」ができ上がります。だからこそ、10歳までの子育てが大切です。その基本形とは、学びの姿勢も含まれますが、もっと広い言葉でいえば総合的な生活力――「生きる力」ということになるでしょう。もちろん、知的能力も生きる力ではあります。でも、あくまでもそのひとつに過ぎません。
真面目で教育熱心な親ならば、勉強をさせて子どもの知的能力を伸ばしてあげたいと思うものでしょう。しかしわたしは、子どもが10歳までの幼いあいだにもっと幅広くたくさんの経験をさせてあげてほしいと思うのです。それはなにも特別なものである必要はありません。日常生活のなかでの、洗濯物をたたむとか、お皿を洗うといったことでもいい。
そうしたいろいろな経験をさせて、できたことを具体的に褒めて褒めて育てていれば、さまざまなことに対して子どもは自信を持てるようになります。すると、その結果としてチャレンジ精神も育ちますから、さらにたくさんのことに挑戦してまた自信を持つという好循環を生むことができるのです。
子どもには子どもの社会があります。そして、子どもたちはそのなかで自分がどういう立ち位置にいるかということを明確に自覚している。その子ども社会のなかで自分を肯定しながら前向きに過ごしていくためにも、「僕はこれができる」「わたしはこれができる」という気持ちを持つことがすごく大切なのです。
さまざまな「生きる力」のなかでも重要となる言語能力
ひとついうなら、さまざまな生きる力のなかでも、「言語能力」を伸ばしてあげることは意識すべきことだと思います。というのも、誰かからなにかを教わるときにも、自分でものごとを考えるときにも、人間は言語を使うからです。言語能力こそが学びの基礎といえます。
では、子どもの言語能力を伸ばしたいというとき、親はどうするべきでしょうか。基本は、「子どもの話をきちんと聞く」ということです。親子の会話では、わたしが「2対1の原則」と呼んでいるルールを意識してみてください。子どもがしゃべる時間を2としたら、親がしゃべる時間を1にするのです。
成長過程にある子どもは多くのボキャブラリーを持っていませんし、きちんと話を組み立てることもまだまだ苦手。必然的に、話すにも時間がかかります。親は辛抱強く待って、子どもに考える時間を与えてほしいのです。
そして、子どもの話が一段落したら、質問をひとつだけしてみる。このときは、いわゆる「5W1H」の疑問詞を使ってみましょう。学校から帰ってきた子どもが「今日は面白かった!」といったなら、「なにをやったの?」「誰と?」「どこで?」「どんなふうに?」というふうに、一つひとつ聞いてあげるのです。言語能力にまだ乏しい子どもでも、ひとつの質問にならきちんと答えることができます。
そして、このことを繰り返すうち、子どもは自然に「5W1H」についてきちんと整理したうえで話をすることができるようになっていきます。この力は、論理的表現力そのものであり、読解力にもつながるものです。文章を読んで内容を理解することは、その文章のなかに「5W1H」の要素がどのように詰まっているかを理解することに他なりません。
親は子どもに勉強など教える必要はない
教育熱心な親は子どもの知的能力を伸ばしてあげたいと思うのが一般的。だけど、子どもにはたくさんの幅広い経験をさせてあげてほしいと述べました。もっとはっきりいうと、勉強なんて親が教える必要はありません。
わたしはこれまでに小学校から大学院の博士課程まで、あらゆる年代の教育に携わってきましたが、いちばん教えづらかった相手は誰かというと、自分の子どもです。なぜかというと、子どもにとってわたしは学校の先生ではないからです。先生ではない人間が家で先生と同じように勉強を教えようとしても、それは無理がある。親には親の役割があるのです。その役割とは、すでに述べた、さまざまな経験をさせてあげることに他なりません。
その経験のなかには、いわゆる習い事も含まれるでしょう。いま、早期教育の重要性が盛んに叫ばれ、小学校入学前から習い事をしている子どもも少なくありません。ただ、それも親が与えるのではなく、子どもの気持ちをきちんと確認してほしいと思います。まだ多くの経験がない子どもにとっては、ほとんどすべてのものがはじめて見聞きするものです。だとしたら、習い事でもまずは体験レッスンなどで経験をさせて、子どもが本当にやりたいと感じるものだけをやらせてあげてほしいですね。
早期教育を考えるときにもうひとつあらためて意識してほしいのは、1日は24時間しかないということ。なにかを新たにはじめるとしたら、なにかの時間を削らなければなりません。そして、習い事などの早期教育が有効に機能するかどうかの判断基準も、やはり、わざわざ時間を割いてでも子どもがやりたい、楽しいと感じているかどうかになります。いずれにせよ、親が自分の希望を勝手に押しつけるのではなく、子どもとしっかり向き合い、その気持ちをくんであげることをいちばんに考えてあげてほしいですね。
※本記事は2019年11月14日に公開しました。肩書などは当時のものです。
『子どもに勉強は教えるな-東大合格者数日本一 開成の校長先生が教える教育論』
柳沢幸雄 著/中央公論新社(2019)
■ 開成中学・高校校長・柳沢幸雄先生 インタビュー一覧
第1回:学びの基礎となるのは言語能力――「3歳までの子育て」が大切なわけ
第2回:生きる力をつくる「10歳までの幅広い経験」。子どもに勉強は教えるな!?
第3回:親が自分の人生を肯定的に生きることが、子どもを自立させる第一歩
第4回:子どもの話をしっかり聞くと「あとが楽」。勉強に必要な集中力の育て方
【プロフィール】
柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
1947年4月14日生まれ。開成中学・高校校長。開成中学・高校を経て東京大学工学部化学工学科卒。システムエンジニアとして民間企業に3年間勤めたのち、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。米ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2011年に開成中学・高校の校長に就任、現在に至る。研究者としてはシックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者でもある。『空気の授業』(ジャパンマシニスト社)、『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』(朝日新聞出版)、『見守る勇気 「世界一優秀な18歳」をサビつかせない育て方』(洋泉社)、『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム)、『18歳の君へ贈る言葉』(講談社)、『なぜ、中間一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社)、『自信は「この瞬間」に生まれる』(ダイヤモンド社)、『エリートの条件』(KADOKAWA/中経出版)、『ほめ力』(主婦と生活社)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。