教育を考える 2019.11.15

親が自分の人生を肯定的に生きることが、子どもを自立させる第一歩

親が自分の人生を肯定的に生きることが、子どもを自立させる第一歩

少子化によって、限られた数の子どもにたっぷりと愛情を注ぐ親が増えているいま、かつてないほど家庭における教育熱が高まっています。ただ、その影響もあってか、「子離れできない親が増加中」だということが問題視されています。親の子離れ問題は、教育者の目にはどのように映っているのでしょうか。日本屈指の名門校、開成中学・高校の校長である柳沢幸雄先生がお考えを教えてくれました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

社会の流れに合わせて子離れする必要性

いま、「子離れできない親が増えている」と盛んにいわれています。なかには、子どもの入社式について行くような親もいるとか……。わたし自身は、中年になった引きこもりの子どもを高齢の親が世話をするという、いわゆる「8050問題」も覚悟のうえなら、別に無理に子離れしなくてもいいと思っています。

でも、現実的にはそれは難しいことですよね? よほど経済的な余裕があるならともかく、高齢の親が亡くなってしまえば収入源は閉ざされるわけですから、子どもは生きていくことができなくなります。であるならば、子どもが自立できるように、親はどこかのタイミングで子離れをしなければなりません

では、そのタイミングはいつなのか。子どもがかわいくてしょうがないからと、子どもが40歳になるまで子離れしなかったとして、その子どもは社会で生きていけるでしょうか? まったく社会人経験がないまま40歳ではじめて就職試験に臨んでもうまくいくはずがありません。「体力だけには自信があります」なんていわれても、世間からしたら「40歳にもなってなにをいっているんだ?」という話でしょう。

やはり、18歳頃までのあいだにしっかりとひとりで生きていける生活力を身につけさせてあげなければならない。その年齢なら社会経験がなくても当然ですし、まわりからは子ども扱いされると同時に、一方で「しょうがない」とも思ってもらえる。そうして、周囲から仕事をはじめとしたさまざまなことを教わりながら大人として成長していけるのですから、それが子どもにとってはいちばん楽な道といえます。

社会には社会の流れというものがある。そこに合わせて子どもの生活力を育て、適切なタイミングで子離れすることが、親がやるべきことです。

柳沢幸雄3-2

「子離れできない親子」=「母親と息子」のイメージのわけ

ところで、「子離れできない親とその子ども」と耳にしたとき、みなさんはどんな親子をイメージしたでしょうか。多くの人が「母親と息子」を思い浮かべたのではないですか? これは、理由のないイメージというわけではなく、はっきりとした理由があります。

親は息子に対しても娘に対しても同じように育てていると思っているものですが、じつは子どもの性別によってその対応には自然にちがいが生まれています。それがはっきりするのは、子どもが思春期に差しかかったとき。子どもに体の変化が表れ、それに伴って意識も変化してきたとき、同性の子どもについては自分が経験してきたことですから、その変化を理解できます。一方、異性の子どもの場合にはわからないのです。

母親は、夫を通じて成熟した男性についてはある程度のことを理解しています。だけど、成熟していく過程にある男性のことはわかりません。母親には息子が宇宙人にしか見えなくなるのです。でも、自分の子どもですから、かわいくてしょうがない。すると、そのかわいいという感情だけが強く残り、息子のことをきちんと理解できないまま子離れできないということになるのです。

一方、父親も娘のことを理解できないという点では、息子に対する母親とちがいはありません。でも、共働き家庭が増えているとはいえ、子どもと接する時間はどうしても母親のほうが多くなりがちです。息子か娘かにかかわらず、子どもと接する時間自体が多くない父親の場合、母親のように子どもと密接な関係を築くことはそもそも難しい。また、異性の親に対する拒絶感は、息子より娘の方が強い傾向があるからではないでしょうか。

柳沢幸雄3-3

「お父さんみたいになっちゃ駄目よ」はNGワード

では、子どもに生活力を身につけさせるため、親にできることとはなんでしょうか。生活力の軸となるのは、どのように生きていくのかという自らの指針になります。その指針を子どもが持てなくては、きちんと自立することなどできないでしょう。

そこで親が求められるのは、親自身の生きる指針を子どもに示してあげることです。これは、親がいわゆる模範的な生き方をするべきだということではありません。また、たとえ夫婦のどちらかがだらしない生活をしていたとしても、「お父さんみたいになっちゃ駄目よ」「お母さんみたいになっちゃ駄目だよ」ということはNGです。

親は子どもにとってのロールモデルです。いちばん望ましいのは、子どもが「親のように生きたい」と感じることでしょう。その次に望ましいのは、子どもが「親のようには生きたくない」と感じること。後者は、親を反面教師にするケースです。ただ、子どもがしっかり自立するためにも、親の生き方をどう感じるかは子ども自身に委ねることが重要であり、先の発言のように子どもの考えにバイアスをかけるようなことは避けるべきです。

親がやるべきことは、どんな生き方をしているにせよ、自分の生き方を肯定的にとらえること。そうして、「自分なりに自分の人生をきちんと生きているんだ」ということが子どもに伝われば、それで十分ではないでしょうか。

子どもに勉強は教えるな-東大合格者数日本一 開成の校長先生が教える教育論
柳沢幸雄 著/中央公論新社(2019)

■ 開成中学・高校校長・柳沢幸雄先生 インタビュー一覧
第1回:学びの基礎となるのは言語能力――「3歳までの子育て」が大切なわけ
第2回:生きる力をつくる「10歳までの幅広い経験」。子どもに勉強は教えるな!?
第3回:親が自分の人生を肯定的に生きることが、子どもを自立させる第一歩
第4回:子どもの話をしっかり聞くと「あとが楽」。勉強に必要な集中力の育て方

【プロフィール】
柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
1947年4月14日生まれ。開成中学・高校校長。開成中学・高校を経て東京大学工学部化学工学科卒。システムエンジニアとして民間企業に3年間勤めたのち、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。米ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2011年に開成中学・高校の校長に就任、現在に至る。研究者としてはシックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者でもある。『空気の授業』(ジャパンマシニスト社)、『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』(朝日新聞出版)、『見守る勇気 「世界一優秀な18歳」をサビつかせない育て方』(洋泉社)、『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム)、『18歳の君へ贈る言葉』(講談社)、『なぜ、中間一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社)、『自信は「この瞬間」に生まれる』(ダイヤモンド社)、『エリートの条件』(KADOKAWA/中経出版)、『ほめ力』(主婦と生活社)など著書多数。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。