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著書『運は人柄』(角川新書)で、「運を高めるには人柄のよさが大事」と説いた漫画原作者の鍋島雅治さん。その『運は人柄』には、「取材のコツはコミュニケーションに通ず」というパートがあります。ここでいう取材とは、つまり漫画原作におけるネタ調べのこと。その分野の詳しい人に話を聞くという作業です。相手の心を開き、話を聞き出すためには高いコミュニケーション能力で相手に認められ、なおかつ信頼されなければなりません。ただ、「取材」というのはメディアの仕事をするプロだけのものではなく、子どもにとっても重要なものだと鍋島さんは言います。「取材力」は、子どもの夢を育み、その夢を実現に導く効果もあるのではないかと。
構成/岩川悟 取材・文/田澤健一郎
子どもにとっての「大人との出会い」は
将来への道筋を具体的にするもの
ある分野の事情に詳しい人に会って話を聞く行為。いわゆる「取材」は、自分のなかに芽生えたなにか特定のものへの「興味」を広げていく効果があるように感じます。
「子どもであれば、大人との出会い、大人との会話は大事だと思います。わたしは高校卒業後、一度、働いた後に大学を目指しました。なぜなら、周囲に大卒の人間が父くらいしかいなかったので、大学へ行く気持ちが生まれなかったことが影響していたと思います。なんとなく、『大学を卒業すると得をするらしい』くらいの意識しかなかった(笑)。父もまた、積極的に大学について話してくれたわけでもなかったですしね。また、漫画原作者を本格的に目指しはじめたのは、師匠である小池一夫先生のもとで働きはじめ、その仕事がとても魅力的に感じ、さらに漫画をつくる過程をそばで見ることで、自分にもできそうだと思ったからでした。もちろんそこには、小池先生をはじめとした“大人たち”“先輩たち”との会話があったわけです」
手が届かないように思える仕事でも、それを仕事にして活躍している人間のことを詳しく知れば、成功に至るまでの道がイメージしやすいもの。さらに活躍している人が身近な人であれば、「同じ人間なんだな」と、臆する気持ちが薄れ、より具体的に「どうやったら実現できるのか」を考えやすいでしょう。
「いろいろな人に会って、いろいろな話を聞く。いわゆる取材をすれば、『自分もできる』『自分にもなれる』という気持ちになりやすいじゃないですか。大人だってそういう感覚があるのですから、子どもなんてなおさらだと思いますよ。なにか夢ができたら、その夢を叶えた人、成功した人に取材をしてみるといい。そうやって、話を聞くのはとてもよいことではないでしょうか」
本当に興味があることを伝えれば
誰だって心を開いて話してくれる
ただ、「取材」をしたことがない人にとって、初対面の人に詳しく話を聞くのはなかなか難しいことかもしれません。ましてや、恥ずかさが先立ってしまうような年代の子どもにとっては、ハードルも高そうです。
「確かにそうかもしれませんが、わたしだって新しいジャンルの作品をつくろうと取材をするときは、似たような状況ですよ(苦笑)。また、取材相手に気難しい人が多い業界もあったりする。そんなとき、詳しい話をしてもらうには『人柄』が大事になってきます」
鍋島さんの言う「人柄」とは、人に愛される「可愛げのある愛嬌」です。それを持つ人間は、周囲にも助けられ運も高まっていくと説いたのが著書『運は人柄』でした。鍋島さんのヒット作『築地魚河岸三代目』の取材では、当然ながら築地の魚河岸の人々を多数取材しましたが、そこでも「人柄」が重要になったとか。
「魚河岸の人々はみんなプロフェッショナルだし、職人気質の人が多いから取材は簡単ではありませんでした。相手に大してお世辞のようなことは言わないし、すぐに詳しい事情を教えてくれるわけでもない。だからこそ、可愛がられることが大事になる。では、どうすれば可愛がられるのか? いくつかポイントはありますが、たとえば素直であることもそうでしょう。知ったかぶりや偉そうな態度をせず、『わからないので教えてほしい』と素直に教えを請うこと。そのうえで、本当に興味があるということを伝える。もちろん本当に興味があるなら、その対象について事前にある程度は基礎情報を調べたりと準備は必要です。そういう気持ちは必ず相手に伝わりますし、こちらの質問に答えてくれるきっかけになる。もちろん、挨拶など最低限の礼儀も忘れてはなりません」
実際、魚河岸取材の現場ではこんなことがあったそうです。最初はあまり話してくれなかったお店の主人が「本当に知りたい」「事情が知りたい」という鍋島さんの気持ちが伝わると、「しょうがないなあ」と詳しく話してくれたり、店の奥から見たかった魚介を出してきてくれたりしたそうです。
「その主人は、『価値あるものはきちんと価値がわかる人に売りたいから、興味を持って食べたいという人に売りたくなるんだよ』なんて言っていましたね。値段が高いもの、というものでもなかったので、やはり気持ちが大事なんですね。だから、本当に興味があることを誠意を持って伝えれば、話してくれない人、会えない人はいないとわたしは考えています。特に相手が子どもであれば、一流の人は技術や知識の継承、次代の育成の重要さを知っていますから、大人に対してよりもより心を開いて話してくれる可能性は高いですよ」
ただ、そんな「一流の人」「その分野で活躍している人」が周囲にいない環境で暮らす子どもだっています。そんなときはどうすればよいのでしょうか。
「お手紙を書いてみたらどうですか? 少し古臭いかもしれないけれど、会って話を聞いてみたい人がいたら、その人のことをよく観察してよく調べてみる。そして、感じたことや知りたいことについての、お手紙を書いてみる。思いの外返事をもらえたり、『会いましょう』となったりするものですよ。もちろん、すぐに会ったりできなくても、その手紙がきっかけで縁ができ、何年後かに同じ道に進むきっかけができた人もいるにちがいありません」
さらに考え方によっては、手が届かないような遠い世界の人だけが話を聞くべき相手ではないと鍋島さんは言います。
「一般のビジネスパーソンだって、建設関係で働く人だって、調理師だっていい。特別な職業ではなくてもいいわけです。なぜその道に進んだのか、その仕事に就けた秘訣はなにかという話はおもしろいじゃないですか。仮にジャンルがちがっても、共通して役立つことだって多いですよね。まずは興味を持って、仕事を立派に成り立たせている大人をリスクペクトし、話を聞く習慣を身につけるといいでしょうね。それに、周囲には意外と隠れたすごい人がいたりするもの。子どもの世界は小さいですから、単にそのすごさを知らないことが多いんですよ」
ただ、興味を持って素直に教えを請いたい、話を聞きたいとなっても口ベタだったり、話が苦手が子どもいます。そんなことが原因で、「自分にはできないんじゃないか……」と思ってしまうかもしれません。しかし、鍋島さんは言います。「話す力が身につくのは慣れであって、必ずしも話が上手い必要はない」と。
「自分は話下手だという人は、話がヘタだと思って生きてきただけです。人と話す際に、おもしろいことを話す必要はないんですから。思ったことを素直に話せばいいだけ。それに、会話なんて慣れが大きく左右するものです。『うしおととら』で知られる漫画家の藤田和日郎先生の仕事場には、『無口禁止』というルールがあります。とにかくしゃべろう、なにか思うことがあったらそれはちゃんと話し合おう、だからおしゃべりになりなさい、という狙いだそうです。藤田先生は、『おしゃべりはやればできる』が持論の漫画家です。つまり、話下手・口ベタというのは、おしゃべりに慣れていないだけなんです」
おしゃべりに慣れるということは、コミュニケーション力が上がるということにつながります。それはまた、取材力が上がるとも言えるでしょう。
「わたしだって、いまだに取材の場面でミスするときもありますよ(笑)。だけど、経験を重ねることでミスは少なくはなってくる。もし仮に、たどたどしい話ぶりでも、取材相手へのリスペクトの気持ちがあって素直に教えを請えば、相手は『それを聞くか?』なんて言いつつ、質問への答えを語ってくれるものです。だからこそ一番大事なのは、やっぱり『本当に知りたい』という気持ちに尽きるでしょう。その『知りたい』という気持ちが本当にあれば、取材力はどんどんアップしていくはずです。そしてその取材力には、子どもの未来を変えていく力があると信じています」
『運は人柄 誰もが気付いている人生好転のコツ(角川新書)』
鍋島雅治 著
KADOKAWA(2018)
■ 漫画原作者・鍋島雅治さん インタビュー一覧
第1回:運とは人柄で高められるもの~成功のために必要な条件は、「才能が1、努力が2、運が7」~
第2回:道を志したときの「ワクワクした気持ち」を大切に
第3回:愛されている実感があれば子どもはチャレンジできる
第4回:話下手でも興味を持って素直に聞く~「取材力」が子どもの未来を変えていく~
【プロフィール】
鍋島雅治(なべしま・まさはる)
1963年生まれ、長崎県出身。長崎県立佐世保商業高校、中央大学文学部卒業。スタジオシップ勤務後に漫画原作者として活躍。代表作に、『築地魚河岸三代目』(小学館)『東京地検特捜部長・鬼島平八郎』(日本文芸社のち小池書院)、『火災調査官 紅蓮次郎』(日本文芸社)などがある。現在は、原作者として活躍する傍ら、東京工芸大学芸術学部マンガ学科の非常勤講師なども務めている。
【ライタープロフィール】
田澤健一郎(たざわ・けんいちろう)
1975年生まれ、山形県出身。大学卒業後、出版社勤務を経てライターに。スポーツや歴史、建築・住宅などの分野で活動中。