「デカルコマニー」とは、フランス語で「転写」を意味する、シュルレアリスムの芸術技法です。紙などに絵の具を垂らし、乾かないうちに別の紙を押しつけると、予想もできない面白い模様が現れます。
オスカル・ドミンゲスによって確立されたこの技法は、いまや幼稚園や保育園、小学校で大人気。画用紙に絵の具をポンポンと置き、紙を半分に折って開くと、左右対称の美しい模様が現れる……あれがデカルコマニーなのです。
簡単にきれいな模様が作れ、子どもが喜ぶデカルコマニー。もちろん自宅でもできますよ。今回はデカルコマニーの発祥や、作品の作り方をご紹介します。
芸術技法としてのデカルコマニーの意味
デカルコマニー(décalcomanie)は、フランス語の動詞「décalguer(転写する)」に由来しています。プラモデルの作成や小物のデコレーションなどに使われる「転写シール」をご存知でしょうか? シールを貼って、こすったり水でぬらしたりして模様を写すと、最初からそこに印刷されていたように見える、あのシールです。これは「デカール」とも呼ばれることがありますが、デカルコマニーと同じ語源というわけです。
デカルコマニーを芸術表現として確立したのは、シュルレアリスムの画家オスカル・ドミンゲス(1906~1957)です。1920年代に発生したシュルレアリスムは、フロイトの精神分析などから影響を受けた、無意識や偶然の要素を重視する芸術運動。キャンパス上に絵の具を置き、紙を押しつけたりすることによって生まれるふしぎな模様は、まさに偶然の産物です。シュルレアリスムの代表的な画家であるマックス・エルンスト(1891~1976)やサルバドール・ダリ(1904~1989)も、デカルコマニーを用いた作品を発表しました。
デカルコマニーのねらい
デカルコマニーは前衛芸術のなかで生まれたわけですね。では、なぜ幼児教育で盛んに行われているのでしょうか?
近畿大学九州短期大学の研究紀要に掲載された論文「演習講義『デカルコマニー・デッサン』想像から創作へ」(2017年)によると、デカルコマニーは子どもの想像力を養ってくれるそう。
予想できないわくわく感と、形態の分からない左右対称画の完成に驚き、何だろうと少ないボキャブラリー(語彙)で必死に探索を始める想像力、物を見つけ出す活動が幼児にとって、楽しんで自由に、思い思いに表現をして、想像力を膨らませる絵画遊び(創作)の基盤となりえるのである。
(引用元:近畿大学学術情報リポジトリ|〈論文〉演習講義「デカルコマニー・デッサン」想像から創作へ)
デカルコマニーを実践するにあたって、特別な技術や道具は不要。筆を持つ必要すらないので、指先の動きが発達していない幼児でも簡単に「作品」を生み出せるのです。
文部科学省の定める「幼稚園教育要領」には、幼稚園修了までの達成が期待される「ねらい」のひとつとして「生活の中でイメージを豊かにし,様々な表現を楽しむ」ことが挙げられています。子どもの感性を育み、芸術表現を楽しんでもらうには、デカルコマニーはぴったりだといえるでしょう。
デカルコマニーのやり方
デカルコマニーの制作過程は単純明快です。
用意するもの
- 画用紙
- 絵の具(マニキュアでも!)
やり方
- 紙を半分に折って開き、折り目をつけておく。どの線を中心に左右対称となるのかわかりやすくなる
- チューブから直接、紙の上に絵の具を出す。パレット上に出して水で溶いてもかまわないが、色が薄くなりすぎないよう注意
- 出した絵の具を、指や筆を使って好きなように伸ばす。指も筆も使わず、絵の具を点々と出すだけでも面白い表現になる
- 絵の具が乾かないうちに、折り目に沿って紙を折る。絵の具がきちんと転写されるよう、全体を丁寧にこする
- 紙が破けないよう、ゆっくりと開く
- 完成です。どんな模様になりましたか? それは何に見えますか? 絵の具が乾いたら、色鉛筆や絵の具で描き足して、作品としてさらに発展させるのも素敵ですね。
デカルコマニーでちょうちょを作ろう
上で挙げた論文によると、高校1年生にデカルコマニーをやらせて「どんな形に見えましたか?」と尋ねたところ、「蝶々」という答えが「人の顔」と並んで最も多かったそう。たしかに、中心線の周りに鮮やかな絵の具が広がっている様子は、蝶の羽に似ていますね。
デカルコマニーを利用すれば、きれいなちょうちょのオーナメントが簡単に作れますよ。さっそくやってみましょう!
用意するもの
- 画用紙
- 絵の具
- ハサミ
- カラフルな針金あるいはモール
- セロハンテープ
やり方
- 紙を半分に折って開き、折り目をつける
- 紙の上に絵の具を置いていく。白い部分をあまり残さないようにすると、鮮やかな蝶になる
- 紙を折って全体をこすり、ゆっくりと開く
- 絵の具が乾いたら、再び紙を折り、ちょうちょの形に切り抜く
- 触角を作る。2本の針金(モール)をゆるやかに曲げ、ちょうちょにつける。裏側からテープで貼るとよい。
- 完成です! たくさん作って壁に貼ると、目を奪われるほど華やかになります。
デカルコマニーでこいのぼりを作ろう
デカルコマニーを使えば、ちょうちょの羽だけでなく、魚のウロコもカラフルに表現することができます。魚にもいろいろありますが、四角形に近い「こいのぼり」が作りやすいかもしれません。いっしょにこいのぼりを作ってみましょう!
用意するもの
- 画用紙
- 絵の具
- ハサミ
- のり
- 黒のサインペン
やり方
- 完成形を想像しやすいようう、先に紙をこいのぼりの形に切る
- 紙を半分に折って開き、折り目をつける。ちょうちょは左右対称だが、こいのぼりは上下対称
- 紙の上に絵の具を置いていく。線よりも点で表現すると、よりウロコっぽく見える
- 紙を折って全体をこすり、ゆっくりと開く
- 目を作る。別の紙を丸く切り取り、中に黒目を描いて、のりで貼る
- 完成です。1匹ではさみしいので、たくさん作って仲間を増やしてあげましょう!
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簡単だけれど、子どもも大人も楽しめるデカルコマニー。難しく考えず、色が生み出す偶然を楽しんでくださいね。
(参考)
富山大学学術情報リポジトリ|造形教育におけるデカルコマニーの意義
近畿大学学術情報リポジトリ|〈論文〉演習講義「デカルコマニー・デッサン」想像から創作へ
J-STAGE|「見立て」によりイメージを媒介させた絵画的アプローチの妥当性を検証するための基礎的研究
コトバンク|シュルレアリスム
Sotheby’s|Max Ernst OHNE TITEL
Sotheby’s|Salvador Dalí ANATOMIES-SÉRIE
文部科学省|第2章 ねらい及び内容