芸術にふれる/アート/デザイン 2018.10.13

“現代のダ・ヴィンチ” が開発。考える力を育み、アートで人を育てる「ブルーノ・ムナーリ・メソッド」

長野真弓
“現代のダ・ヴィンチ” が開発。考える力を育み、アートで人を育てる「ブルーノ・ムナーリ・メソッド」

ピカソから「現代のダ・ヴィンチ」と言われたアートの天才、ブルーノ・ムナーリをご存知でしょうか? イタリアンデザインの父とも言われ、名前をご存知の方も多いと思います。

しかし、多才な彼が長年にわたって考え試行錯誤した子どもたちへの造形教育を知る人は、それほど多くはないかもしれません。

今回は、「ブルーノ・ムナーリ・メソッド」として知られるアートを使った素晴らしい教育法とはどんなものなのか、見ていきましょう。

ブルーノ・ムナーリ(1907〜1998)について

イタリア・ミラノ出身で、幼少期からアートに興味を抱いており、19歳の時には前衛美術運動・未来派に参加し、仲間とともに表現活動を行いました。しかし、次第にその思想や活動に疑問を抱くようになり、グループから離れます。

その後の彼の制作活動は、表現方法に囚われなかった運動の影響もあって、雑誌編集、挿し絵、絵画、彫刻、家具等のプロダクト・デザインなど多岐にわたり、マルチ・アーティストとして活躍します。活動の多くが、大切な人を喜ばせたいというムナーリの想いから始まっているそうです。

絵本制作はその最たるもので、息子(アルベルト・ムナーリ)が5歳のとき、「プレゼントしたい本がないから自分で作ろう」と、1945年に最初の絵本「ブルーノ・ムナーリの1945シリーズ」(10冊)が作られました。それがきっかけで教育の重要性を認識するようになり、ムナーリが唱える造形教育論に繋がっていったのです。

ムナーリの作品を見てみると、シンプルでモダンなものが多いですが、彼は「何かを複雑にするのは簡単だけれど、単純にするのは難しい」と考えていました。

日本からも影響を受けていて、特に柳宗理の仕事に興味を持っていたのだそう。詩人の瀧口修造や音楽家の武満徹とも交流がありました。折り紙や漢字にも興味を示し、それをモチーフとした作品も残しています。

ブルーノ・ムナーリ・メソッドとは

ブルーノ・ムナーリが約20年をかけてたどり着いた教育法が「アートと遊ぶ」ことで、美術教育・創造的思考を育成するものです。それは「複合感覚教室」「芸術と遊ぶ教室」として有名になりました。

“複合感覚”とは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚など。あらゆる感覚を使って、自然やモノを感じることで自己表現を促す方法を提示しました。この原理を、著名な認知心理学者でジュネーブ大学名誉教授でもある息子のアルベルト・ムナーリが発展させ、現在の「ブルーノ・ムナーリ・メソッド」が完成したのです。

創造性にこだわり、「創造とは本質の追求」という信念を持っていたムナーリは、「遊び」を楽しみながらその追求を行いました。子どもたちにとっては、その「遊び」こそ、複合感覚を呼び覚ます体験で、例えば自然の中で遊ぶことによって見る景色、漂う匂い、水の冷たさや、ざらついた土などなのです。

日本で行われたその教育現場を、数年前に放映されたドキュメンタリー番組に見ることができます。その素晴らしいメソッドのいくつかを詳しくご紹介します。

「観察」「発見」「想像」により “考えること” を促す教育

NHK BS1で放送されているドキュメンタリー番組『奇跡のレッスン』は、「世界トップレベルの指導者が1週間指導をすると、日本の子どもたちがどう変わるのか」を見るドキュメンタリー番組です。

2016年放映の「アート編」では、ブルーノ・ムナーリ協会会長で、ブルーノ・ムナーリ・メソッドの後継者であるシルヴァーナ・スペラーティさんが、小学生を対象に授業をしました。レッスンの目的は「考える力を鍛えること」。そのためには、観察によりさまざまな発見をさせ、新たに知ったことを活かせるよう考えさせることが重要だとシルヴァーナさんは語っています

教えるのは “技術” ではなく、自分を開放し、自由な表現を手に入れるための “遊び方” です。実際に行われたレッスンを具体的に見ていきましょう。

【レッスン1】
「発見を促す」→点と線を描く

いろいろな筆で自由にさまざまな点と線を描きます。まっすぐな線、くるくる円を描く線、筆先で軽くトントンしたり、筆圧も変えたりすることで、ただの点と線でもいろいろな表情を出せることを先生が最初に子どもたちに示します。

その後に子どもが実践するのですが、大切なのは、絵を描くのではなく、どれだけ違う線が描けるか。「単純なもので違いが出せれば、想像は無限に広がる」ということに気づかせてくれます。これが創造性のベースとなるのです。

【レッスン2】
「自分以外の可能性が自分の可能性を広げる」→点と線のカタログを作る

レッスン1で描いた点と線を切り抜いて、カタログとなる冊子に貼っていきます。自分なりに分類してページを作ることで、違いを整理し自分を客観的に見直す効果があります。この際、お友だちの作品からいいと思うものはもらうことができ、これにより自分以外の作品もしっかり見つめさせることができます。

出来上がったカタログは、天井から吊るされた洗濯バサミに挟んで展示されます。子どもたちは、お友だちの個性豊かなカタログを楽しそうに見て、お気に入りを見つけていました。展示方法の遊び心も子供の好奇心を呼ぶ大切な工夫ですね。

【レッスン3】
「固定観念を覆す」→草花を観察して絵を描く

まずは思い思いの草を描いてもらいます。それから実際の草花をじっくり観察。根っこがついているもの、葉っぱの形など。また、手触りや匂いも感じて、新しい発見とともにイメージが一新したところで、横並びになって大きな紙にそれぞれ自由に草花を描いていきます。その絵は最初の絵とは大違いで躍動感あふれています。

そして途中で何度かの席替え。別の子の描きかけの続きを描くのです。いろいろな虫も描き加え、皆の力を合わせて作り上げられた絵は、ひとりひとりの想像の枠を超えたアイディアの集大成。まるで草原が広がっているかのような、すばらしい大作が出来上がりました。ここでの学びは「みんなの力を自分の力に。自分の力をみんなの力に。」力を合わせれば、可能性は無限大に広がるのだと、子どもたちは体感するのです。

【レッスン4】
「自分の頭で考え、違いを楽しむ」→“紙”を使ったレッスン

1. 紙を観察する
1枚の白い紙を差し出し、何をするためのものか考えさせます。「絵を描く」「折り紙を折る」などの意見が出るなか、「一度その常識は捨てましょう!」と呼びかけ、それがどんな形に変化するのか、そこからどんな音が生まれるのか、など実験と観察を続け考えさせます。「アンテナを張り続けることで、広い視野を持てるようになる」ことを促すレッスンです。

2. 不定形な紙に絵を描く
破いた紙の多様な形から、イメージを膨らませ、想像力を働かせる作業です。尖った部分を山に見立てる子、穴を魚に見立て海を表現する子、お面を作り穴から顔を覗かせる子などなど。発想が広がります。先生は、作業中の子どもたちに自分の発見やアドバイスを積極的に伝えて、さらなる作業の充実を図ります。“紙を破る” という型破りな行動や、四角ではない画用紙に絵を描くという自由さ。常識や先入観を取り払った先に、考える楽しさや違いを楽しむ開放感を味わうことができるようになったのを、子どもたちの明るく輝く表情から見て取ることができました。

これらのレッスン全ては、シルヴァーナさんの明るくオープンなお人柄と深い愛情、豊かな考え、周到な準備のうえに成功しています。でも、その概念と手法はとても参考になるもので、家ですぐにでも取り入れたくなるものばかりです。

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「ある人がクリエイティブな人間になるか、あるいは単なる記号の反復者になるかは、教育者にかかっている」

これは、ブルーノ・ムナーリが著書「ファンタジア」の中で述べている言葉です。晩年を幼児教育に捧げたムナーリの集大成であるメソッドは、アートを学ぶのではなく、アートで人を育てるという概念に基づいています。シルヴァーナさんの言葉で印象的なものがあります。

「子どもに考える時間を与えないと、根っこのない大人になってしまいます。感受性が育たないと、他人と協力し合うことができなくなり、自分の失敗を受け入れられない弱い人間になってしまいます。」

違いを恐れず、違いに挑むたくましい心を持つ人を育てるためには、大人が立ち止まって考える必要があるとも。

「大人が止まれば、子どもはすすむ」

導入はアートですがゴールにはとても深い意義を感じます。そんな理想の大人像をシルヴァーナさんが体現していると思える微笑ましい場面が番組冒頭にありました。初めて教室に向かう100mの道のりに15分もかかって、レッスンに遅れてしまうのですが、それは目にとまる木々や花々に心を奪われてしばし立ち止まってしまうためでした。そんな姿に、私たちが忘れてしまっている心の余裕や自由を思わずにはいられませんでした。

次回はブルーノ・ムナーリの絵本をご紹介します。

(参考)
NHK|奇跡のレッスン「アート編 違いはみんなのために」
みすず書房|ブルーノ・ムナーリ生誕100年
神奈川県立近代美術館 葉山|ブルーノ・ムナーリ こどもの心をもちつづけるということ
MUNLAB ブルーノ・ムナーリメソッド教室|できること
イタリア文化会館|ブルーノ・ムナーリセミナー「しごとに関係ある人 出入り おことわり」
横須賀美術館、他(2010), 『ブルーノ・ムナーリ展 アートの楽しい見つけ方 Bruno Munari』, 横須賀美術館.