からだを動かす/教育を考える 2019.11.27

「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”

「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”

(この記事はアフィリエイトを含みます)

「あの子は運動神経がいい」「運動センスがある」――。運動会のときではなくとも、子ども同士や親子間でも頻繁に交わされる言葉です。では、「運動センス」とはいったいどんなものなのでしょうか。バレーボールが専門で、長年にわたって大学トップリーグでコーチをしてきた、東京学芸大学教育学部准教授である高橋宏文先生に聞いてみました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)

注目度が上がっているコーディネーション・トレーニング

いま、「コーディネーション・トレーニング」というものが注目を集めはじめています。もともとは、旧東ドイツで考えられたアスリートの運動能力向上のための理論であり、日本では2000年代に入って普及してきました。最近では、家庭教育の過熱を受けてか、「子ども向け」のコーディネーション・トレーニングといったものが開発され、注目度が上がっているようです。

「コーディネーション」とは、日本語では「調整する」という意味。つまり、コーディネーション・トレーニングとは、いろいろな動きを体験してそのときの感覚を組み合わせ、体の動きや力の加減を状況に応じて調整することで狙った動きをできるようにするためのトレーニングのことです。

よく「運動神経がいい」「運動センスがある」ということがありますよね。この場合、ただ力があるとか走るのが速いといったことを指すわけではないでしょう。運動センスがある人とは、それこそ状況に応じて力や体の動きを調整し、タイミング良く体を動かせる人のこと。簡単にいえば、自分の体を意のままに動かせる人のことです。これが運動センスの正体だと考えることができます。

では、なぜコーディネーション・トレーニングにはそういう効果があるのでしょうか。それは、筋肉ではなく神経に刺激を与えるトレーニングだからです。スポーツにおける「トレーニング」と聞くと、ついウエイトトレーニングのような筋肉を大きく強くするものをイメージしがちです。でも、コーディネーション・トレーニングは神経に作用し、体を自分が思うように動かせるようになることを目的としています。

それこそが、スポーツにもっとも必要なことです。たとえば、ボールを投げるにしても打つにしても、意のままに体を動かせることができれば、うまくできるわけですからね。

コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”2

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コーディネーション・トレーニングが磨く「内観力」

そのコーディネーション・トレーニングによって磨かれる力は、自身の体を自在に操作できるようにする力、自身の感覚をとらえる力、とらえた感覚を利用する力ということができるでしょう。自身の感覚をとらえる力を「内観力」ともいいます。これは、文字通り、自分の内なるものを観る、感じる力のことです。運動が得意な人は、この内観力が優れています。

運動をするとき、体はさまざまな感覚を受け取っています。たとえば、自分の体の状態がどうなっているのかと感じることもそのひとつです。この感覚を受け取る力が強ければ、マット運動も綺麗にこなすことができる。でも、その力が弱ければ、自分の体の状態がよくわからないために、うまくできないというわけです。

しかも、この力が高まっている、つまり運動が得意な子どもの場合、体育の授業で先生のお手本を見ただけで、「あんな感じか」と感覚をつかんですぐにできてしまうということもあります。一方、先生のお手本を見たときには「よし、わかった!」と思っても、やってみると全然できない子もいますし、そのやってみた感覚をつかんで次にはできる子もいれば、いくら挑戦してもできない子もいます。

まずは他人の動きなどを見て、自分の頭のなかで必要な動作をイメージして課題とする運動をやってみる。このとき、イメージと実際の感覚のちがいなどを感じながらできるようにしていくことに、内観力が影響しているのです。

コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”3

内観力を伸ばす「目隠しボールあて」

この内観力がもっとも伸びるのが、9歳〜12歳の児童期とされています。「ゴールデンエイジ」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。わたしたちの脳が新しいものを吸収する力は、じつは生まれた瞬間がピークであり、その後は落ちていきます。

一方、体は生まれてから成長を続けていきますが、そのなかで神経は生まれてから10代にかけてどんどん発達する。吸収力が落ちていく脳と、発達を続ける体と神経――それらのいわば最大公約数にあたり、運動する力を身につけるのに最も適した時期が9〜12歳のゴールデンエイジというわけです。もちろん、これにも個人差がある点には注意が必要です。

では、その時期にどんなことをすれば子どもの内観力は伸びていくのでしょうか。ひとつの例として、目隠しをした状態でのボールの的あてをおすすめしておきましょう。数メートル先の的を子どもが確認したあとで目隠しをさせたら、子どもが的に向かってボールを投げるたび、スイカ割りと同じように「もう少し下!」といった具合にまわりから指示をするのです。すると、子どもは自分の体の状態や的との距離をイメージし、「もう少しボールを離すのを遅くしてみよう」などと考える。この繰り返しが内観力を磨くのです。

内観力を伸ばすことは、自分の体との対話からはじまります。ふだん、健常者の場合は視覚に多くのものを頼って運動していますが、視覚とはちがう、自分の体の状態を感じる力などさまざまな感覚を向上させることが、運動能力を伸ばすことにつながるのです。

※本記事は2019年11月27日に公開しました。肩書などは当時のものです。

コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”4

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高橋宏文 著/メディア・パル(2018)
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■ 東京学芸大学教育学部准教授・高橋宏文先生インタビュー一覧
第1回:脳が活性化し、チャレンジ精神旺盛になり、自制心が育つ!? 運動がもたらすスゴイ効果
第2回:「早く立ってほしい」と願ってはいけない! 「四つんばい」「高ばい」が子どもの運動能力を高める
第3回:「運動センス」の正体とは? コーディネーション・トレーニングが磨く“内観力”
第4回:自らの体を自在に動かす“7つの能力”と「運動センス」を高める意外な方法

【プロフィール】
高橋宏文(たかはし・ひろぶみ)
1970年5月9日生まれ、神奈川県出身。東京学芸大学教育学部健康・スポーツ科学講座准教授。1994年、順天堂大学大学院修士課程(体育学)修了。大学院時代は同大学女子バレーボール部コーチを務め、コーチとしての基礎を学ぶ。修士課程修了後、同大学助手として2年間勤務。同時に男子バレーボール部コーチに就任し、以後3年半にわたり大学トップリーグでのコーチを務める。1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務し、同大学男子バレーボール部の監督に就任。各種研究により効果が実証された指導理論を用い、広く見聞することと併せて独自の指導体系をつくり上げている。著書に『基礎からのバレーボール』)(ナツメ社)がある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。