あたまを使う 2025.12.11

「発表で固まる子」が変わる。ドラマ教育が育てる表現力とメンタルの土台

編集部
「発表で固まる子」が変わる。ドラマ教育が育てる表現力とメンタルの土台

「発表の時間になると固まってしまう」
「自分の気持ちをうまく言葉にできない」

家ではよくしゃべるのに、学校や園では黙り込んでしまう——。お子さんの “表現” に関する悩みは、多くの親御さんが抱えているものです。

でも、それは本当に「性格」や「向き不向き」の問題なのでしょうか。

近年、教育現場で注目されているのが、演劇の要素を学びに取り入れた「ドラマ教育」です。評価や正解から離れ、「なりきる」「演じる」「即興でやりとりする」体験を通して、子どもの内側から表現する力を育てていく——。そんな学びが、いま、じわじわと広がっています。

ドラマ教育とは「安心して失敗できる学びの場」

ドラマ教育とは、いわゆる「発表会のための演劇練習」とは違います。演じることそのものを学びの手段として用いる教育方法で、台本を暗記して上手に演じることが目的ではありません。

「誰になるのか」「その人はどんな気持ちなのか」「この場面でどう行動するのか」——こうした問いを、即興的なやりとり(インプロビゼーション)やごっこ遊び、役割演技を通して体験的に考えていくのが、ドラマ教育の本質です。

この教育法は、イギリスやアメリカなどでは長い実践の歴史があり、国語・道徳・社会などの授業にも取り入れられてきました。日本でも、教育現場や保育の分野で少しずつ広がっています。

ドラマ教育の第一人者である明治学院大学教授の小林由利子氏は、「ドラマ教育は、子どもが安全に社会を試せる場所」だと表現します。

現実の世界では失敗が怖くて言えないことも、役のなかでなら言える。うまくいかなかったとしても、そこには評価や正解はなく、「やり直し」が何度でも許されます。その安心して表現できる空間こそが、子どもが自分の言葉や感情を取り戻していく土台になるのです。

演劇している子ども

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なぜいま、子どもは “表現” が苦手になりやすいのか

私たちが受けてきた教育は、「正しく答える」「間違えない」ことを重んじるスタイルが中心でした。そのなかで、子どもは無意識のうちに、以下のような感覚を身につけてしまっています。

  • 失敗=恥ずかしい
  • 間違えるぐらいなら話さないほうがいい

小林氏は、このことについて、「子どもが安心して失敗できる“安全な表現の場” が、日常のなかから減っている」と警鐘を鳴らしています。

ドラマ教育では、正解はひとつではありません。むしろ、間違えること、やり直すこと、言い方を変えてみることそのものが “学び” になります。だからこそ、評価への恐れから解放され、子どもは少しずつ自分の言葉や感情を外に出せるようになるのです。

思い切り笑うこども

ドラマ教育が育てる “表現力” の正体

ドラマ教育で育つ表現力は、「上手に話す力」だけではありません。大きく分けると、次の3つが土台になります。

1. 感情を言葉にする力
役になって気持ちを表現する体験を通して、「嬉しい」「悔しい」「怖い」などの感情を言葉にする力が育ちます。
2. 相手に伝わるように話す力
演劇は “相手がいてこそ成り立つ” 表現です。どう伝えれば相手に届くのかを、体感的に学んでいきます。
3. 相手の立場で考える力
役になりきる経験は、「自分とは違う視点」で物事を見る練習でもあります。これは友だち関係や集団生活でも、子どもの心を強く支えます。

劇場で踊るこども

家庭でできる、小さな「ドラマ教育」

ドラマ教育は、特別な舞台に立たなくても、家庭の中の遊びで十分に取り入れられます。イギリスの教育演劇研究では、日常的な即興遊びや役割演技が子どもの自己表現力や共感性を高めることが示されています。*1

🏠 家でできる関わり方のヒント

  • 気持ち当てゲーム:表情やしぐさだけで感情を当てる。親が「悲しい顔」「嬉しい顔」を演じて、子どもに当ててもらい、次は交代してみましょう。
  • 即興1分ストーリー:親子で交互に1文ずつ物語をつなぐ。「むかしむかし…」と始めたら、子どもが次の1文を考え、予想外の展開を楽しみます。
  • 役割交換ごっこ:親と子が入れ替わって会話してみる。子どもが「お母さん役」、親が「子ども役」になると、互いの立場が見えてきます。
  • 今日の出来事を寸劇に:園や学校での出来事を短く再現する。「先生がこう言って、友だちがこうして……」と演じることで、気持ちの整理にもつながります。

どれも5分程度でできるものですが、「話しても大丈夫」「伝えても否定されない」という安心感が、表現の耐久力をつくっていきます。

大笑いするこども

「自分は替えのきかない存在だ」という自信がつく!

ドラマ教育がもたらす変化は、表現力にとどまりません。

ミュージカル俳優として活躍する小野知春氏は、長女が初めて舞台に立ったときのことをこう振り返ります。

「それまでの娘は、人前で話すのが苦手な、恥ずかしがり屋の子でした。でも、稽古が始まり、セリフやダンス、歌など、できなかったことが少しずつできるようになるにつれて、表情が変わっていったんです。

本番では800人のお客様の前で、堂々と演じていました。舞台が終わってからは、何ごとにも積極的に取り組むようになりました。努力すれば必ず上達して、認めてもらえる——その経験が、娘に“自分は替えのきかない存在なんだ” という自信を与えてくれたのだと思います」

その後、娘さんは4本の舞台に出演。小野氏は「舞台に立った経験が、後々の人生の姿勢をつくっているように感じる」と語ります。

表現力の成長は、いつも目に見える形で現れるわけではありません。けれど、小さな成功体験が積み重なり、ある日ふと、その子の背中を押してくれる。ドラマ教育には、そんな心を折れにくくする力があるのです。

***
表現力は、生まれつき備わった才能ではありません。

  • 「安心して話せた回数」
  • 「失敗しても受け止めてもらえた経験」

その積み重ねで、少しずつ育っていく力です。

もしいま、「うちの子、話せないかも」と感じているなら、まずは家庭の中での小さな “ごっこ遊び” から始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、子どもの世界を静かに、しかし確実に広げていくはずです。

(参考)
*1 Neelands, J. & Goode, T.|Structuring Drama Work: 100+ Ideas (Cambridge University Press)
ヴォーカル|小野知春
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