「抱っこ〜」
保育園の帰り道、あと少しで家というところで、足が止まります。両手を上げて、こちらを見上げている。「もう重いから歩いて」と言いながら、結局しゃがんで、腰に力を入れて持ち上げる。去年より、はっきりわかる腕の重さ。肩に乗ってくる顎の骨っぽさ。耳のそばで聞こえる、少し得意そうな息づかい。
そのとき、ふと頭をよぎるのです。「いつまで抱っこって言ってくれるんだろう」。
多くの親が、この場面を知っています。腕はしびれるし、荷物もある。それでも持ち上げてしまう。そしてその途中で、抱き上げられる時期が思っているより短いことに、気づいてしまうのです。
目次
「重いから歩いて」と言ってしまう日があっていい
「歩いて」と言ってしまう日があっていいのです。
買い物袋を両手に提げている日。腰が痛い日。下の子を抱いていて、腕がもう空いていない日。「今日は無理」と返して、手をつないで歩いた日は、冷たかった日ではありません。
「ごめんね、今日は手をつなごう」。そう言って、しぶしぶ歩き出した小さな背中を、後ろから見ている。それでも、「抱っこしてあげられなかったな」と、家に着いてからも少し引きずってしまう。その引っかかりは、弱さでも足りなさでもなく、この子を抱き上げたかった気持ちの裏返しです。断ったことに胸が痛むのは、それだけこの子が愛おしいから。それは弱さではなく、愛情の側にある感情なのです。
「抱っこ〜」は後戻りではなく、外へ出ていく前の「安心の確認」
「もう5歳なのに、まだ抱っこ?」「甘やかしすぎかな」。抱き上げるたびに、そんな声が頭のどこかで鳴ることがあります。
じつは、「抱っこ〜」と寄ってくるのは、後戻りではありません。児童精神科医の故・佐々木正美先生は、「幼少期にたっぷり甘えさせてあげた子どもほど、早く自立して、大きくなっても親に心配をかけない人間に育つ」と述べていました。佐々木先生によれば、子どもというのは本来自立したいものであり、自立をするために甘えとわがままを繰り返すのだそうです。*1
幼児教室コペル代表の大坪信之さんも、「『安心』を与えることが『甘えさせる』ということ」だとして、「抱っこして〜」と寄ってきたらちゃんと抱き上げてあげることを勧めています。*1 お菓子やおもちゃを欲しがるままに与えるのが「甘やかし」だとすれば、子どものほうから「抱っこ」と手を伸ばしてくるのに応えるのは「甘えさせ」。前者は大人の都合から起きやすく、後者は子ども発信、という違いがあります。
だから、「抱っこ〜」に応えることは、甘やかしではありません。外の世界でひとしきり頑張ってきた子が、いったん帰ってきて、安心を確かめている。抱き上げられた腕の中は、この子にとって、外へ出ていくための出発点なのです。
そして、この帰ってくる場所を、子どもはいつか自分から手放します。「抱っこ〜」の回数が減っていくのは、この子が外へ出ていく力をたくわえた証拠。寂しさとうれしさが同時にくるのは、そのためです。

「最後の抱っこ」の日を、親は覚えていない
抱っこには、終わりがあります。
ただ、それは「今日でおしまい」と宣言されて終わるものではありません。「抱っこ〜」の回数が少しずつ減って、あるとき気づくと、もう何か月も言われていない。振り返っても、最後に抱き上げた日がいつだったのか、思い出せない。最後の抱っこは、それが最後だと知らないまま、いつもの一回として過ぎていくのです。
「もう自分で歩けるよ」。ある日そう言って、横を歩き出す。ランドセルを背負って走っていく背中を見送る朝。そのときになって初めて、「そういえば、最近抱っこって言わないな」と気づくことになります。
だからこそ、腕にずしんとくるあの重さは、面倒の重さであると同時に、いまこの子を抱き上げられている、ということの重さでもあります。
📖 研究でも、こう言われています
身体心理学者で桜美林大学教授の山口創氏の研究から、スキンシップをすると脳内にオキシトシンというホルモンが分泌されることがわかっています。「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンには、ストレスへの反応をやわらげ、情緒を安定させる働きがあります。*2 そしてこのホルモンは、子どもだけでなく、抱き上げた親の側にも分泌されます。*3
疲れているのに、抱き上げた瞬間にふっと息が抜けて、肩の力が落ちる。あの感覚は気のせいではなく、あなたの体でも起きていることに、ちゃんと名前がついているのです。難しい話ではありません。抱っこは子どもを安心させる行為であると同時に、親のほうもほんの少し休ませてもらう時間だ、というだけのことです。

「あと何年」を、いちど自分で数えてみる
抱き上げられる時期が、あと何年あるのか。「何歳まで」「何キロまで」という決まった答えは、ありません。あなたの腕と腰の具合と、この子の育ち方でしか決まらないからです。年齢や体重で線を引いた表があれば便利なのですが、それは家庭ごとに違いすぎて、あなたの家の答えにはなりません。
その代わり、いちど自分で数えてみることはできます。正確な年数ではなく、「思っていたより残りが少ない」のか「まだしばらくありそう」なのかがわかれば、それで十分です。
- ✓いま、「抱っこ〜」は1日に何回ある?(朝の玄関、帰り道、寝る前)
- ✓去年の今ごろは、何回くらいだった?
- ✓抱き上げて「重い」と最初に思ったのは、いつだった?
- ✓今週、「抱っこ〜」を断った回数と、応じた回数は、どちらが多い?
- ✓抱き上げられなくなったら、代わりに何をしたい?(膝の上、おんぶ、手をつなぐ、並んで座る)
数えてみると、たいていの人は少し驚きます。回数の減り方が、思っていたより早いことに。去年の今ごろは、帰り道のたびに両手が上がっていたのに、いまは疲れた日だけ。そんなふうに、減り方は静かで、気づきにくいものです。そして最後の問いが、この先を軽くしてくれます。抱っこは終わっても、触れ合いは形を変えて続きます。手をつなぐ、髪をなでる、隣に座って寄りかかられる。スキンシップの形は、年齢とともに変わっていい。そのことを覚えておくだけで、「抱っこの終わり」は、触れ合いの終わりではなくなります。
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「重いから歩いて」と言った日も、しゃがんで持ち上げた日も、どちらもあなたがこの子と精いっぱい過ごした日です。断った回数を数えて、自分を責める必要はありません。
ただ、今日、一回だけ。「抱っこ〜」と両手が上がったら、「もう重いよ」と言いながらでいいので、腰を落として持ち上げてみてください。ずしんとくる重さと、肩に乗る顎と、耳のそばの息。いつか思い出せなくなる日のために、今日の一回を、ゆっくり味わってみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 「抱っこ〜」に毎回応えていたら、甘やかしになりませんか?A. 子どものほうから求めてくる抱っこに応えるのは「甘えさせ」であって、甘やかしではありません。児童精神科医の故・佐々木正美先生は、幼少期にたっぷり甘えさせてもらった子どもほど早く自立すると述べていました。応えられない日は「今日は手をつなごう」と、別の形でかまいません。
Q. 腰が痛くて、もう抱き上げられません。どうすればいいですか?A. 抱き上げなくていいのです。座って膝に乗せる、しゃがんで抱きしめる、おんぶに替える、ソファで寄りかかってもらう。子どもが確かめたいのは「受け止めてもらえるか」であって、持ち上がる高さではありません。腰の痛みが続くときは、無理をせずに体を優先してください。
Q. 小学生になっても抱っこをせがみます。おかしいですか?A. おかしくありません。子どもの心は「安心」と「不安」、「依存」と「自立」を行ったり来たりしながら、少しずつ育っていきます。「もう○歳なんだから」と突き放すと、かえって安心を確かめる甘え行動が長引くことがあります。求めてきたときに短く応じるだけで十分です。
Q. うちの子はあまり「抱っこ」と言いません。愛情が足りていないのでしょうか?A. 求め方は子どもによって違います。手をつなぎたがる、隣にぴったり座る、髪を触らせる。そうした小さな触れ合いも、抱っこと同じ「安心の確認」です。嫌がる子に無理に抱きつく必要はなく、その子が心地よい距離で応えてあげれば十分です。
(参考)
*1 こどもまなびラボ|子どもの自己肯定感を上げる「甘えさせ」。親にたっぷり甘えた子ほど自立が早い!
*2 こどもまなびラボ|【発達黄金期に脳を刺激する7つの方法】好奇心が伸びるのは3歳~、「心の脳」の発達ピークは10歳~。
*3 こどもまなびラボ|子どもをハグしていますか? 1日10秒で「心と脳」が育つ、親子スキンシップの科学









