あたまを使う/教育を考える 2026.8.6

「何回言ってもできない」には理由があった。子どもの脳と、親のまなざしの話

「何回言ってもできない」には理由があった。子どもの脳と、親のまなざしの話

「プリント出して」「ランドセル片付けて」「宿題やった?」。気づけば毎朝、同じ言葉を順番で繰り返している。そして返ってくるのは「あとでー」「わかったー」「やるやる」でも、我が子はやらない。

ランドセルを開けるたびに、転がる鉛筆と穴だらけの消しゴム、そして「なんでここに?」という謎の紙。そのたびに、ちいさくため息が出る。「どうして何回言ってもできないんだろう」「うちの子、特別だらしないのかな」。そんなふうに感じてしまう朝が、きっと一度や二度ではないはずです。

でも、その繰り返しの日々に、ふと立ちどまってみると、見えてくるものがあります。じつは、毎日同じことを言っているのは子どもだけではなくて、親のほうも毎日同じことを言っている。子どもの側からすれば「なんで毎日同じこと言うの?」なのかもしれません。

今日お伝えしたいのは、その「毎日同じこと」の繰り返しから、ほんの少しだけ抜け出すための話です。そしてそのカギは、じつは子どもではなく、親の「まなざし」のほうにあるのかもしれません。

「何回言ってもできない」のは、あなたが優しくないからじゃない

まず、いちばん最初にお伝えしたいことがあります。毎朝おなじ言葉を何度も繰り返してしまうこと、ランドセルを開けるたびにため息が出てしまうこと。それは、あなたが短気だからでも、愛情が足りないからでも、ありません。

むしろ逆です。「プリントは出してほしい」「なくし物は減らしてほしい」「宿題は自分でやってほしい」。そう願うのは、あなたがわが子の毎日を本気で気にかけているからこそ。どうでもいい相手のことなら、そもそも何回も言いたくなったりしません。何度も口に出してしまうその気持ちの根っこには、まぎれもない愛情があります。

💭 こんなふうに感じていませんか?

「怒りたくないのに、今日もまた怒っちゃった」
「私の言い方が悪いのかな」
そんなふうに、自分を責めてしまう夜があるかもしれません。でも大丈夫。その気持ちは、ここから少しずつラクにしていけます。

だからその気持ちは、そのままで大丈夫。ここから先は、愛情を「減らす」話ではなく、その愛情のままで親子ともに少しラクになる、そんな「足し算」の話をしていきます

ベッドに横たわる子どもたち

じつは、子どもの脳は「一気に全部」が苦手

「連絡帳を出して、ランドセルを片付けて」。大人にとっては何でもない一連の流れですが、子どもの脳にとって、これはなかなかの高負荷です。

複数の指示を一度に受けて、順番に覚えておき、ひとつずつ実行していく。この働きを支えているのがワーキングメモリと呼ばれる脳の力です。ワーキングメモリとは、情報を一時的に頭のなかに保持しながら、それを使って作業する力のこと。そしてこの力は、生まれつき完成しているものではなく、年齢とともにゆっくり育っていくものなのです

📖 研究でわかっていること

5 〜 6歳の子どもたちを対象にした研究では、大人が出した一連の指示を「そのまま口で言い直す」ことはできても、「実際に順番に体を動かして実行する」となると、その正確さがワーキングメモリの力と強く結びついていました。*1
つまり、言葉として聞こえていても、複数のことを同時に抱えて動くのは、子どもにとって脳のしくみ上、難しいのです。(ヨーク大学ほか、スーザン・ギャザコール教授ら)

「全部を一気にできるようになってほしい」。そう願う気持ちは自然なものですが、もしかしたら、少しだけ急ぎすぎていたのかもしれません。子どもができないのは、やる気の問題でも、性格の問題でもなく、ただ脳が育っている途中だから。そう思えるだけで、肩の力が少し抜けるのではないでしょうか。

光る点と線が繋がり、複雑なネットワークを構築している様子を表現した人間の脳の3Dイラスト

足すのは、たったひとつ。「今日はこれができた」を見つける

では、具体的に何をすればいいのか。むずかしいことは何もありません。「できていないこと探し」を、「できたこと探し」に、ひとつだけ切り替えてみる。やることは、この3つだけ。

✏️ 今日からできる「できた探し」3ステップ

1. できた「ひとつ」を見つける
「今日はプリントだけは出せた」「今日は鉛筆が全部そろってた」。全部そろっていなくても、そのなかのひとつを見つけるだけ。

2. 「まだ9個」ではなく「できた1個」を数える
減点法で足りないものを数えるのをやめて、加点法でできたものに目を向けます。数える対象を変えるだけです。

3. 心のなかで、ひとことだけ声に出す
「お、今日はできてるやん」。それだけで、あなたの朝の気分がひとつ軽くなります。

これは、子どもを甘やかすことでも、しつけをあきらめることでもありません。プリントを出してほしい気持ちも、なくし物を減らしてほしい気持ちも、抱えたままで大丈夫。ただ、毎朝の自分の視線を、ほんの少しだけ「できた」のほうへ向けてみる。探す対象を変えるだけの、いちばん小さな一歩です。

笑顔でサムズアップ(親指を立てる)ポーズをする男性

変わりはじめるのは、子どもより先に「親のほう」かもしれない

「できた探し」を続けていくと、不思議なことが起こります。先に変わるのは、子どもではなく、親のほうだったりするのです。これには、きちんとした裏づけがあります。同じ出来事でも、その意味のとらえ方を変えるだけで、心の負担が実際に軽くなることが、研究でわかっています。

心理学ではこれを認知的再評価と呼びます。同じ散らかったランドセルを見ても、「あー、また」とため息をつくか、「今日は昨日よりマシかも」と思えるか。その受け止め方のちがいが、親自身の気持ちのラクさを左右するのです。

📖 研究でわかっていること

親265名を対象にした研究では、出来事のとらえ方を切り替える練習をした親は、そうでない親にくらべて、自分自身が感じるストレスが下がっていました。*2
「今日は昨日よりマシかも」というつぶやきは、まさにこの再評価そのもの。つまり、心の負担をやわらげる、れっきとした方法なのです。(マインツ大学ほか、ハンナ・プロイス氏ら)

そして、親の心にゆとりが生まれることは、子どもにとっても悪い話ではありません。

📖 研究でわかっていること

就学前後の子どもを追いかけた研究では、親のあたたかい関わりが、子どもの自己コントロールの力の育ちと結びついていたことが示されています。*3
ただし、これは「こうすれば必ずこうなる」という因果関係ではなく、あくまで傾向として見られた関連である点は、頭のすみに置いておきたいところです。(チュラロンコン大学ほか、ルンサッタターム氏ら)

子どもを変えようと力むよりも、親のまなざしがふっとやわらぐこと。そのほうが、親子ともに気持ちがラクになる。子育てとは、案外そういう場面のほうが多いのかもしれません。
***
もちろん、まなざしを変えたからといって、明日から鉛筆が転がらなくなるわけではありません。今日も鉛筆は転がるし、穴だらけの消しゴムも、謎の紙も、きっとまた出てきます。でも、それでも、いいのです。ランドセルを開けるたびに怒ってしまう日より、「もう、しょうがないなあ」と笑って片付けられる日が、1日でも増えたなら。

FAQ(よくある質問)

Q. 見方を変えても、子どもが変わらなかったら意味がないのでは?

A. 「まなざしを変える」の目的は、子どもをすぐに変えることではなく、まず親自身の心の負担を軽くすることにあります。研究で示されていたのも、とらえ方を切り替えると親のストレスが下がるという流れでした。親にゆとりが生まれると、日々の関わりが自然とあたたかくなり、その積み重ねが、めぐりめぐって子どもにも届いていきます。すぐに結果が出なくても、まず自分がラクになる。それだけで、じゅうぶん意味があります。

Q. 「できた探し」は、結局子どもを甘やかすことになりませんか?

A. 甘やかしとは別物です。「プリントを出してほしい」「なくし物を減らしてほしい」という願いは、手放す必要はありません。変えるのは、子どもへの要求の中身ではなく、親が毎朝どこに目を向けるか、という一点だけです。「できていないこと」ばかりを数えるのをやめて、「できたこと」にも目を向ける。ルールをゆるめるのではなく、見つける対象を増やすだけなので、しつけがぼやける心配はありません。

Q. 何歳くらいになれば、いくつかのことをまとめてできるようになりますか?

A. ワーキングメモリは年齢とともに少しずつ育つため、はっきり「何歳から」と線を引けるものではありません。個人差も大きく、同じ年齢でも得意・不得意には幅があります。だからこそ、いまの段階では「一度にひとつ」「終わったのを確かめてから次」という声かけが、いちばん子どもに届きやすい形です。まとめてできる日は、焦らなくても、育ちとともに少しずつやってきます。

(参考)
*1 Gathercole, S. E., Durling, E., Evans, M., Jeffcock, S., & Stone, S. (2008)|Working Memory Abilities and Children’s Performance in Laboratory Analogues of Classroom Activities. Applied Cognitive Psychology, 22(8), 1019-1037.
*2 Preuss, H., Capito, K., van Eickels, R. L., Zemp, M., & Kolar, D. R. (2021)|Cognitive reappraisal and self-compassion as emotion regulation strategies for parents during COVID-19: An online randomized controlled trial. Internet Interventions, 24, 100388.
*3 Rungsattatharm, L., et al. (2025)|Longitudinal associations between executive function and positive parenting during early childhood and resilience, self-regulation, and behavioral problems in school-age children. Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health, 19(1), 19.