「抱っこをせがまれると、正直しんどい……」「愛情がないわけじゃないのに、どうして触れ合いが苦手なんだろう」
このような思いを抱えながら、自分を責め続けている親御さんはいませんか? 私たちの社会では、親子の愛情表現としてハグや抱っこといったスキンシップが重視される傾向があります。メディアや育児書でも、笑顔で子どもを抱きしめる親の姿がよく描かれています。
しかし実際には、スキンシップを自然に行なうことが難しいと感じる親は少なくありません。そして、そんな自分はダメな親なのではないかと悩み、罪悪感を抱えてしまうことも。結論から言えば、スキンシップが苦手でも、あなたは決して「ダメな親」ではありません。今回は、スキンシップが苦手な理由と、それでも子どもに愛情を伝える方法について考えていきましょう。
ライタープロフィール
臨床心理士・公認心理師
子どもの発達・アタッチメントの専門家。子どもの強みを見つけ、親子関係を豊かにするサポートしています。自身も3児の子育て中。専門家であっても、子育てでイライラやモヤモヤは避けられず……母親であることを楽しめるよう、心理学の知識を日常生活に活かすスキルを発見・実践しています。子育ての悩みを「悩める幸せ」として、共に成長しましょう!
目次
アタッチメント理論による親子の絆
愛着(アタッチメント)とは、人が他者との間に築く心理的な絆のことです。イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが提唱したアタッチメント理論によれば、乳幼児期に形成される愛着パターンは、その後の人生における対人関係の基盤となります。
愛着形成の本質とは?
愛着形成の本質は、子どもが「この人は自分を守ってくれる安全な存在だ」と認識できることです。スキンシップはその手段の一つですが、唯一の方法ではありません。
愛着形成に必要な要素は主に以下の3つです。
- 一貫性のある応答 – 子どものニーズに対して予測可能な方法で応える
- 感情調律 – 子どもの感情状態を理解し、適切に反応する
- 安全基地の提供 – 子どもが探索と安心を行き来できる心理的拠点となる
これらは必ずしも身体的な接触を必要としません。言葉、目線、表情、存在感など、様々な方法で実現できるのです。
親がスキンシップを苦手とするのは、じつはよくあること
「子どもをハグできない」「触れ合いに抵抗がある」という悩みは、じつは珍しいものではありません。心理臨床の現場でも、同様の悩みをもつ親御さんの相談は決して少なくないのです。
スキンシップへの抵抗感は、様々な要因から生まれます。自分が育った家庭環境でスキンシップが少なかった場合、触れ合いの経験自体が乏しいことがあります。また、生まれもった気質として、他者との物理的な距離感に敏感な人もいます。過去のトラウマ体験が影響している場合もあるでしょう。
大切なのは、「ハグができない=愛情がない」というわけではないということ。親密さや愛情の表現方法は人それぞれであり、一つの「正しい形」があるわけではありません。
親がスキンシップを苦手とする理由——愛着スタイルから考える子育てのヒント
スキンシップへの抵抗感の背景には、幼少期に形成された愛着スタイルが関係していることがあります。
愛着スタイルとは、人が他者との絆を形成・維持する際の特徴的なパターンのこと。幼少期の養育者との関係性を通じて形成され、大人になっても対人関係のベースとなります。心理学では主に「安定型」「不安型」「回避型」の3つのタイプに分類されます。
安定型愛着の特徴
安定型愛着の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 適切な距離感を保ちながら親密な関係を築ける
- 感情表現が自然でバランスが取れている
- 他者を信頼し、必要な時に適切に助けを求められる
- 子どもとのスキンシップも自然に行える傾向がある
安定型愛着は、幼少期に養育者から一貫した応答と安心感を得られた経験から形成されます。しかし、これはあくまで理想的なパターンであり、完璧を目指す必要はありません。
不安型愛着の特徴
不安型愛着の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 感情の波が大きく、時に過剰な親密さを求め、時に距離を取る
- 他者の反応に敏感で、見捨てられ不安を感じやすい
- 自分の感情やニーズに一貫性を持たせるのが難しい
- 子どもとの関わりにおいて、その時の自分の感情状態によって接し方が変わりやすい
不安型愛着は、日本人に多いとされており、幼少期に養育者からの応答が予測できなかった経験などから形成されます。子どもとのスキンシップに悩む親御さんの多くは、この不安型愛着の特徴をもっている可能性があります。自分の感情状態によって、時に子どもを抱きしめたくなり、時に距離を取りたくなるという葛藤を抱えがちです。このような一貫性のない対応は、親自身も苦しむだけでなく、子どもにも不安や不満を感じさせる可能性があります。
回避型愛着の特徴
回避型愛着の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 感情表現が控えめで、特に弱みや依存心を見せることへの抵抗感
- 親密さや他者との距離の近さに不快感を覚えることがある
- 自立や自己完結を重視する傾向
- 困難な状況でも他者に助けを求めにくい
回避型愛着の方は、子どもとの交流について悩みを感じにくい傾向があります。むしろ「子どもがうるさい」と感じて問題を子どものせいにしたり、感情的な関わりを避けたりする傾向があります。対人関係でも、相手を一方的に責めてスパッと関係を切ることで自分を守りがちです。ただし、自分の傾向に気づいている場合は「なぜ子どもを抱きしめられないのか」と自己批判することもあります。
重要なのは、こうした不安型や回避型の愛着スタイルは、幼少期の環境に適応するために自然と身についた反応パターンであり、決して責められるべきものではありません。大切なのは、自分の傾向を理解したうえで、子どもとの関係をより健全に築いていく努力をすることです。
愛着形成におけるスキンシップの役割と代替法
確かに、スキンシップには子どもの発達を支える重要な役割があります。触れ合いによるオキシトシンの分泌は、安心感や信頼感の形成に関わります。また、肌の接触は自己肯定感の土台を作るとも言われています。
しかし、ハグや抱っこがなくても、子どもとの心のつながりは十分に築くことができます。大切なのは「触れるかどうか」よりも、子どものニーズに敏感であること、そして安全基地として存在することです。
スキンシップが苦手でも、子どもに愛情を伝え、健全な愛着形成を促す方法はたくさんあります。
🗣️言葉による愛着形成
- 子どもの名前を優しく呼ぶ
- 「大好きだよ」と言葉で伝える
- 子どもの話に真剣に耳を傾け、感情に共感する
- 子どもの成長や頑張りを具体的に認める言葉をかける
👀目と表情で伝える愛着形成
- 目を見て話す
- 笑顔で接する
- うなずきや相づちで「聞いているよ」を伝える
- 子どもの表情の変化に注目し、反応する
- 食事の時に「おいしいね」と言いながら目を合わせる
🕰️時間と存在による愛着形成
- 子どもが選んだ遊びに付き合う
- 一緒に何かを作る
- 子どもの話を中断せずに聞く
- 困った時に頼れる存在であることを示す
これらの方法は、身体的な接触に頼らずとも、子どもに「あなたは大切にされている」というメッセージを伝えることができます。
また、スキンシップに抵抗がある方でも、少しずつ慣れていくための小さなステップも考えられます。
👐無理せずできる小さなスキンシップ
- 髪を優しくなでる
- 横並びに座ってテレビを見る
- 肩や背中を軽くトントンとする
- 手のひらを軽く合わせる「ハイタッチ」
- 肩を軽く抱くか組む
- 帰り道に手を繋ぐ
これらの小さなステップでも、親子の触れ合いによって「愛情ホルモン」「絆ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンが分泌され、お互いの心の安定につながります。スキンシップが苦手でも、親子それぞれの個性に合わせて、お互いが心地よいと感じる方法を少しずつ見つけていくことが大切です。
ただし無理は禁物です。自分にできる範囲で、少しずつ試してみましょう。子ども一人ひとりによって、最も響く愛情表現の方法は異なります。子どもにとって、どのアプローチが心に届くか、日々の関わりのなかで探していきましょう。
自分を責めないで。親の「愛し方」はいろいろあっていい
完璧な親などいません。スキンシップが苦手でも、あなたは子どものことを真剣に考え、よりよい親になろうと努力しています。その姿勢こそが、子どもに伝わる大切な愛情です。
愛着スタイルは幼少期の経験から形成され、現在の親子関係にも影響します。またそれは、インナーチャイルドやアダルトチルドレンの問題と関連していることがあります。かつて自分が子どもだった時に満たされなかった感情やニーズが、今の親子関係に影響を及ぼすこともあるのです。不安型愛着の傾向がある方は、子どもとの関係だけでなく、パートナーや義父母、実家の家族との関係においても同様の課題を感じることが少なくありません。
もし自分自身の感情や対人関係のパターンに悩みを感じるなら、心理カウンセリングを受けることも有効な選択肢です。専門家のサポートを得ることで、自分の愛着スタイルをより深く理解し、少しずつ変化させていくきっかけをつかむことができます。カウンセリングは自分を責めるためではなく、自分を理解し、より豊かな親子関係を築くための手段です。
インナーチャイルドやアダルトチルドレンについては、また別記事で解説したいと思っています。
***
大切なのは「自分なりの愛し方を知り、伝えていく」ことです。あなたにしかできない、あなたらしい愛し方があります。また、もし自分が親からされて嫌だったことがあれば、繰り返さないよう意識すること。自分の限界を認めつつも子どもとの関係を大切にしようとすること。それらもまた、立派な愛情表現です。
ハグができるかできないかより、心の距離感と信頼関係こそが親子の絆の本質です。スキンシップが苦手な自分と向き合い、それでも子どものために工夫しようとする姿勢は、子どもにとって大きな贈り物になります。
完璧を目指すのではなく、「できること」と「今は難しいこと」を正直に認めながら、子どもと共に成長していく。そんな親子の旅を、温かく見守っていきたいと思います。あなたはあなたのままで、十分素晴らしい親です。