親の関わり/非認知能力 2026.3.31

絵本のクマと本物のクマは全然違う。この「ズレ」が子どもの思考力を育てる

絵本のクマと本物のクマは全然違う。この「ズレ」が子どもの思考力を育てる

ハチミツが大好きで、お茶の時間にお友達を呼ぶクマ。大きなコートを着て、駅で迷子になるクマ。森の学校に通って、みんなで仲よく遊ぶクマ——。

子どもたちは幼いころから、そんなクマたちと一緒に育ちます。プーさん、パディントン、くまのがっこうのジャッキー。何十年ものあいだ、世界中の子どもたちに愛されてきた絵本やアニメのキャラクターです。

でも、本物のクマは全然違います。主食はどんぐりや木の実などの植物で、食べているものの約9割は植物性のものです。友達もいなければ、なわばりもなく、群れもつくらず、たった1頭で広い山の中を動き回る。秋に十分な食べ物を得られなければ、冬に子どもを産めないこともある。

「知っているはずだったのに、全然違った」

この小さな驚きこそ、子どもの思考力が育つ瞬間です。今回は、絵本のクマと本物のクマの「ズレ」を入口に、批判的思考(クリティカルシンキング)の芽を家庭で育てるヒントをお伝えします。

絵本のクマと本物のクマ——どこが違う?

まず、絵本やアニメのクマキャラクターに共通する特徴を整理してみましょう。

服を着て、言葉を話す。感情豊かで、友達や家族と一緒に暮らす。困っている誰かを助け、人間と同じように食事をして、眠る——。

では、野生のクマはどうでしょうか。

日本に生息するツキノワグマは、主に植物食で、単独で行動する動物です。なわばりを持たず、それぞれが食べ物を求めて広い範囲を動き回ります。山で人間に出会うと、クマの方が先に気づいて立ち去ることが多いとも言われています。

一方で食べ物への執着心は強く、「おいしい」と学習したものを守るためには攻撃的になることもある。学習能力・記憶力はイヌより高いともいわれ、一度経験したことをよく覚えています。

「やさしいクマ」でも「ただ怖いクマ」でもない。実態はずっと複雑で、面白い生き物なのです。

野生のツキノワグマのクローズアップ

なぜ子どもは「クマ=人間みたい」と感じるのか

絵本やアニメが動物を「擬人化」するのには理由があります。子どもが感情移入しやすく、思いやりや友情などの道徳的メッセージを伝えやすい。これは教育的にも有効な手法とされてきました。

ところが研究者たちは、こうした擬人化の描写が子どもの動物理解に思わぬ影響与えることにも注目しています。

2018年にFrontiers in Psychologyで発表されたStrouse氏らの研究は、絵本の動物キャラクターに擬人化的な描写(服を着る、人間の言葉を話すなど)が加わると、子どもが動物を「人間に近いもの」として受け取りやすくなると報告しています*1。 特に、野生動物と直接ふれあう機会の少ない都市部の子どもほど、こうした影響を受けやすい傾向があるといいます。

また、2022年にPublic Understanding of Scienceで発表されたHooykaas氏らの研究では、絵本に登場する動物の多くが現実の生態と切り離された場所(人間の生活空間など)に描かれており、種を超えた「助け合い」の描写が多い点を指摘しています。*2

実際の野生では、異なる種の動物が協力し合うことはごくまれです。研究ではさらに、こうした描写が「野生動物に近づいても安全だ」という誤った認識につながる可能性があるとも述べています。

絵本のクマは、愛情をもってつくられた「物語のための存在」です。でも、その魅力的な像が子どものなかに「本物のクマもこんな感じ」という先入観を形成することがある——これは決して珍しいことではないのです。

クレヨンでカラフルな絵を描くこどもたち

「あれ?違う」という体験が、思考力の芽になる

「知っていると思っていたのに、違った」

この体験を、教育心理学では「概念の更新(概念的変化)」と呼びます。

認知科学者のVosniadou氏は、子どもたちが日常の経験や文化的環境から「自分なりの理解の枠組み」を作り上げており、本当の意味での学びとは、単に知識を付け足すことではなく、この枠組みそのものを組み替えるだと述べています。*3

絵本のクマのイメージで作られた「クマ=やさしく、人間に近い生き物」という枠組み。これを「本物のクマは植物食が9割で、単独で生き、秋に食べ物を必死に蓄える」という事実が揺さぶる。

このとき子どもの頭のなかでは、「なんで違うんだろう?」「絵本はウソをついているの?」「じゃあ本当は?」という問いが自然と生まれます。これこそが、クリティカルシンキング(批判的思考)の芽です。

批判的思考とは、情報をただ受け取るのではなく、「本当にそうなのか?」「なぜそうなのか?」と問い直す力のこと。答えを求める前に「問いを立てる力」と言いかえてもいいでしょう。

そしてこの「ズレの認識」は、特別なプログラムがなくても、親子の会話のなかで起こすことができます。

母と娘がソファで読書をしている様子

今日からできる「問いかけ」実践

難しく構える必要はありません。絵本の読み聞かせや、クマの話題が出たときに、こんな一言を添えるだけで十分です。

絵本を読んでいるとき

「プーさんってハチミツが大好きだね。本物のクマもハチミツが好きって知ってた?でも、本物のクマが一番よく食べるものは何だと思う?」

(子どもが答えたら)「じつはどんぐりや木の実なんだって。秋になると、冬眠のために毎日たくさん食べるんだよ。どうしてだろうね?

ニュースでクマの話題が出たとき

「絵本のクマと、ニュースに出てくるクマ、どんなところが違うと思う?」

「プーさんは友達がいっぱいいるけど、本物のクマってどうかな?

子どもが「なんで違うの?」と聞いてきたら

すぐに正解を渡すより、「それ、すごくいい質問だね。なんでだと思う?」と一緒に考える時間をつくりましょう。「わからない」を一緒に抱えること自体が、思考力を育てる最大のチャンスです。
***
大切なのは「絵本はウソだ」と教えることではありません。「絵本は物語のためのクマで、本物のクマはまた別の面白さがある」という視点を持てるようになること。これが、メディアの情報を受け取りながらも、自分の頭で考える力の土台になっていきます。

FAQ(よくある質問)

Q. 擬人化された絵本は子どもにとってよくないのでしょうか?

A. そんなことはありません。擬人化された動物キャラクターには、感情移入のしやすさや、思いやり・友情などの価値観を伝える大きな力があります。大切なのは「物語の中のクマ」と「本物のクマ」を、対話を通じて少しずつ区別できるようにしていくことです。どちらも否定せず、「どちらも面白い」という姿勢で楽しんでください。

Q. 何歳ごろから「絵本のクマと本物のクマは違う」と教えたらいいですか?

A. 年齢よりも「子どもが興味を持った瞬間」を大切にしてください。ただ、3〜4歳ごろになると「本物」と「フィクション」の違いを少しずつ理解できるようになると言われています。「これは絵本のなかのお話」「こっちは本当のクマの話」といった声かけを、子どもの反応を見ながら自然に取り入れていくのがおすすめです。