あたまを使う/国語 2018.10.17

親の誤った声がけが、子どもの作文力の芽を摘む?――「作文好き&得意」な子どもと「自己肯定感」の関係

山口 拓朗
親の誤った声がけが、子どもの作文力の芽を摘む?――「作文好き&得意」な子どもと「自己肯定感」の関係

子どもが書いた作文を否定していませんか?

「ちゃんと書かないとダメじゃないの!」
「どうしてそんな書き方しかできないの?」
「もっと字をきれいに書きなさい!」
「(お友達の)○○ちゃんは、ちゃんと書いているでしょ?」
「先生にまた怒られるよ?」

作文を書いた子どもに対して、親であるあなたは、こうした否定的な言葉をかけていませんか? 残念ながら、いくら親がガミガミ叱っても、子どもの作文はうまくなりません。なぜなら、子どもは「自分が書いた作文」を否定されるたびに自信を失っていくからです。親に否定されながら作文がうまくなるケースは極めて稀です。それどころか、ほとんどの子どもが作文嫌いになってしまいます。そう、子どもの作文能力の芽を摘んでしまっているのは、実は、親であるあなたかもしれないのです。

10歳に満たない子どもの作文に対して親が心がけるべき対応は、以下の3点です。

【1】子どもが書いた作文を無条件に認めること。
【2】作文の内容を無条件に受け入れること。
【3】たくさん褒めてあげること。

とくに大事なのは【1】と【2】です。“無条件”に認められた子ども、“無条件”に受け入れられた子どもは、作文を書くことや自己表現することに対して、ネガティブな感情を抱かなくなります。自分のことを“無条件”に受け入れられるようになります。

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生きるうえで重要な「自己肯定感」とは?

せっかく書いた作文を否定された子どもは、どうなってしまうのでしょう? 心理学でいうところの「自己肯定感」が損なわれて、「自分は作文を書けないダメな人間だ」と思い込みます。これは本当に恐ろしいことです。子どもたちは「作文」と「自分」を切り離して考えることができません。作文を否定されることで、それを書いた私(という人間)が否定された、と捉えてしまうのです。

「自己肯定感」とは「自分を肯定する感覚」のこと。「(無条件に)自分は愛されている」「(無条件で)自分には価値がある」と感じているとき、その人の自己肯定感は高いといえます。一方で、「自分には価値がない」「自分は愛されていない」と感じているとき、その人の自己肯定感は低いといえます。自己肯定感が高いか低いか。この差は“微差”ではなく“大差”です。この差によって、その後の人生が左右されかねません。

自己肯定感が低い人の特徴
自分に自信をもつことができません。また、自分の欠点や弱みを気にしすぎて、自分に“ダメ”を出しがちです。つい他人と自分を比較してしまい、精神的に安定しません(不安や心配に襲われやすい)。何かにチャレンジしようと思っても「どうせ自分にはムリだ」とブレーキをかけてしまうのも、自己肯定感が低い人の特徴です。

自己肯定感が高い人の特徴
自分に自信をもっているため、何事にも主体的かつ積極的に取り組みます。少しくらい失敗をしても、めげることがありません。自分の感情や行動を冷静にコントロールできるほか、他人の気持ちに寄り添う「共感力」も備えています(そのため人から好かれやすい)。他人と自分を比較せず、いつでも「自分はできる!」という確信に満ちています。

もちろん、自己肯定感が高い子どもは、作文という面でもさまざまなメリットを得ることができます。自分の考えや感情を、臆することなく表現できるほか、他人の評価に一喜一憂しません。日頃から親が作文を認め、受け入れ、褒めてくれているため、「何を書いても大丈夫」「自分は作文が得意なんだ」と信じて疑わないのです。この心境はやがて(いい意味で)「根拠のない自信」へとつながっていきます。

子どもに呪いの言葉をかけていませんか?

くり返しになりますが、親が心がけるべきは、子どもが書いた作文を否定することではありません。ダメ出しも不要です。ましてや叱ったり怒ったりすることは言語道断です。作文の善し悪しをジャッジすることなく、認め、受け入れ、褒めることが重要なのです。

昨日までハイハイをしていた子どもが、初めて立ち上がって歩いたとき、親は、ヨチヨチ歩く子どものことを、めいっぱい褒めるのではないでしょうか。「よく歩けたね!」と頭をなでたり、笑顔で拍手をしたり、抱きしめたりするのではないでしょうか。子どもたちは、その声援を力に変えて、また歩こうとします。初めて歩いた子どもに向けて「なんでヨチヨチしか歩けないの!」「尻もちついちゃダメ!」「もっとビシっと歩きなさい!」と怒鳴り声をあげる親はいないはずです。

しかし、こと作文において、親は、まだまだヨチヨチしか歩けない(=作文の書き方にまだ慣れていない)子どものことを叱りつけているのです。自己肯定感の高低が決まる大事な時期に、子どもの自己肯定感を下げる“呪いの言葉”をかけている……そのことに親自身が気づいていません。これは悲劇以外の何ものでもありません。

何をどう書こうと、受け入れる。

さて、今回の記事も最終コーナーに差し掛かりました。あなたの子どもが、たった1行、以下の作文を書いたとします。親であるあなたは、どんな言葉をかけますか?

きょうボクは友だちとあそびました。つまらなかったです。

ダメな声のかけ方
「どうしてこれだけしか書けないの?」
「つまらなかったことなんて、作文に書かなくていいの!」
「こんな作文じゃ、また先生に怒られるよ?」
「○○君みたいに、もっとちゃんと書きなさい!」
「もっとよく考えて書きなさい!」
「まったく。ホントにあなたはダメね」

いい声のかけ方
「よく書けたね」
「友達と遊んだけど、つまらなかったんだね」
「とてもわかりやすく書けているよ」
「つまらなかったことを教えてくれてありがとう」
「とても力強い字だね」

たった1行であれ、あるいは、内容がどうであれ、それを認め、受け入れ、褒めるは十分にできます。もしも一文字も書けなかった場合はどうすればいいのでしょうか? 対応は同じです。「書けなかったんだね」とまずは、子どものしたことを受け入れてあげる必要があります(その後の対応については、次回の記事でご紹介します)。

もちろん、この連載の目的は「子どもの作文力を伸ばすこと」です。次回以降は、具体的な書き方ノウハウについてもお伝えしていきます。しかし、そうしたノウハウが効果を発揮するのは、親が子どもの作文(=子どもの存在そのもの)を丸ごと受け入れられるようになってからです。

子どもの自己肯定感を下げるようなことばかり言って、なおかつノウハウだけ押し付けようとすれば、子どもは反発したり、ふてくされたりするでしょう。作文を書くことへの興味も失われます。子どもが<作文好き&得意>になるか<作文嫌い&不得意>になるか、そのカギを握っているのは親にほかなりません。作文という自己表現の場を借りつつ、子どもの自己肯定感を高めてあげることが親の役割と心得ておきましょう。