「うちの子、まだ10までの数字も怪しいのに、お友達はもう足し算までできているみたい……」
入学説明会でほかのお母さんと話して不安になったり、本屋で山積みの算数ドリルをまえに迷ったり。「プリントをやらせたほうがいい?」「ほかの子はもう計算ができるのかな」。年長さんの親なら、誰もが感じる不安ではないでしょうか。
確かに、足し算や引き算をプリント学習などで予習し、入学する子どもはとても多いのが現状です。しかし、焦って勉強をさせすぎることが、かえって算数嫌いを生む原因になることもあります。また、プリントの計算はできても、実際の場面で応用できなかったり、文章問題になると途端にできなくなったりする子どもも少なくありません。
また、じつは1年生の算数は、子どもたちの生活体験をベースに、ゆっくりと進みます。入学前の子どもたちの算数の力には大きな個人差があるのが普通のことです。こういった理由から、入学前に育むべき力は、計算力ではなく、遊びや生活のなかで育む “算数センス” だと感じています。今回は、小学校で12年間の教員経験をもつ筆者が、小学1年生を担任した経験から見えてきた、家庭でできる “算数センス” の育て方についてご紹介したいと思います。
1年生の算数で大切なこと。教室での様子から
1年生では1から10まで、20まで、100までの数に始まり、順番を表す数(○番目)や、いろいろな形、時計の読み方、そして足し算、引き算などを学んでいきます。このなかでよくつまずきが見られるのが、「繰り上がり」「繰り下がり」のある足し算、引き算です。
なぜ「繰り上がり」の計算でつまずくの?
紙の計算上では一見答えを出せているように見えても、頭のなかで理解できていない場合があります。たとえば、「8+5」という計算。よく見られるのが、「8、9、10、11、12、13」と指を使って1つずつ数える「数え足し」の方法です。年長さんの段階では、この方法でも十分です。しかし、小学1年生の2学期頃になってもこの段階を抜け出せないと、文章問題が解けなかったり、もっと大きな数の計算に対応できなくなったりすることがあります。
「数の合成・分解」が計算力の土台に
ここで重要になってくるのが、「数の合成・分解」です。単に「9、10、11、12、13」と数えるだけでなく、5や10の合成・分解、つまり「5のまとまり」や「10のまとまり」を、「いくつといくつ」と考えられるかが大きなポイントとなります。
たとえば「8+5」の計算では、「8はあと2で10になる」「だから5を2と3に分ける」「8に2を足して10」「それから残りの3を足して13」というように、10のまとまりを意識した考え方ができることが重要です。この考え方ができるためには、頭のなかで数を柔軟に分解したり、10の補数(あといくつで10になるか)がすぐに思い浮かんだりする力が必要なのです。
日常生活のなかで育む算数センス
では、小学校でのつまずきを減らすために、入学前にどんなことができるでしょうか? 遊びやお手伝い、おやつタイムの時間など、普段の生活のなかで簡単に取り入れられるものを以下にまとめました。
1. お手伝いで育てる「数のセンス」
数字が読めるだけでなく、入学前に特に意識したいのは、具体物と数の結びつきです。「3」という数字を見たときに「3個のもの」をイメージできることが重要です。数字を読んだり書いたりすることよりも、実際の物と数を結びつける経験を重ねることで、確かな数感覚が育っていきます。
- 食事の準備:「お皿を3枚並べてね」「お箸は家族の人数分だから5膳必要だね」
→ 実際に並べながら数を数えることで、数の大きさを体感的に理解する - お片づけのとき:「積み木が10個あるけど、箱に入っているのが7個だね。あと何個片づければいいかな?」
→ 目の前にある具体物を通して、引き算の基礎となる「いくつといくつ」の感覚が育つ
このように、目に見える具体物を通して数を意識することが、確かな数センスを育みます。特に重要なのは、子どもが実際に物を動かしたり、触ったりできる体験です。この時期の子どもにとって、具体物を介した体験がもっとも理解しやすく、記憶に残りやすい学習方法となります。
2. おやつタイムを活用した「計算センス」の育成
おやつの時間は、算数センスを育む最高の機会となります。子どもの大好きなおやつを使うことで、自然と意欲的に数の操作を楽しむことができます。
- 「かたまり」を考える:「1袋に5つクッキーが入ってるね。2袋あけるといくつになるかな?」
→足し(や掛け算)の感覚。「いくつといくつ」や、数のかたまりの概念が育つ - 分け方を考える:「6個のクッキーを3人で分けよう」
→ 6を2と2と2に分解(や割り算)する感覚。実際にクッキーを動かしながら、「同じ数ずつ」「公平に」という考え方も同時に育つ - 残りを数える:「10個あったクッキー、3個食べたら、あといくつ?」
→引き算の感覚。実物があることで、減る様子が目で見てわかり、引き算の意味を自然と理解する
こうした具体的な体験を通じて、子どもは自然と数の操作ができる素地としての計算センスを育んでいきます。おやつを介することで、楽しみながら無理なく学ぶことができるのです。
3. 遊びのなかで育つ「数量センス」
日常的な遊びのなかにも、算数の感覚を育むチャンスがたくさんあります。遊びを通じた学びは、子どもにとってもっとも自然で効果的な方法です。
- すごろく遊び:数を数える、進む、戻るの感覚
サイコロの目を数え、コマを進めることで、数の順序や増減の感覚が育つ - カードゲーム:数の大小、合わせる、比べる
神経衰弱やトランプ遊びを通じて、数の大小比較や組み合わせの感覚が身につく - お店屋さんごっこ:お金の計算、数の合成分解
おもちゃのお金のやりとりを通じて、値段の計算や、お釣りの概念を楽しみながら学ぶ
これらの遊びは、単なる娯楽ではなく、算数的な考え方の基礎を育む重要な活動です。特に、友だちや家族と一緒に遊ぶなかで、自然と数や量についての会話が生まれ、より豊かな学びの機会となります。
算数嫌いを作らない準備のコツ
「教える」より「気づかせる」が子どもの力を育てる
教員経験から見えてきたのは、算数が得意な子の多くが、日常生活のなかで自然と数に親しんでいたということです。給食のときに「牛乳がひと班4人ずつだから、ふた班で8個必要だね」というように、生活のなかでの自然と計算を楽しんでいました。「計算しなさい」という指示ではなく、「〇〇だね」という会話のなかで、子どもは無理なく数の感覚を身につけていきます。
「答え合わせ」より「考えるプロセス」を大切に
計算の答えが合っているかどうかよりも、どうやってその答えにたどり着いたのかを大切にしましょう。例えば「8+5」の計算で、指を使ってひつずつ数えていく方法でも、10を意識した計算方法でも、まずは子どもなりの考え方を認めることが大切です。「なるほど、そうやって考えたんだね」と子どもの考え方に寄り添うことで、「考えること」への意欲が育ちます。
つまずきは成長のチャンス
算数は、決して机の上だけで学ぶものではありません。暗記よりも理解を重視してください。具体物を使って「なぜそうなるか」を一緒に考える機会をつくったり、答えを間違えても「どうしてそう考えたの?」と聞いてみましょう。そのつまずきを通じて、新しい考え方に気づくチャンスとなります。その過程で小さな「できた!」を積み重ねることが算数への自信とつながります。
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子どもの算数嫌いは、多くの場合、「できない」「わからない」という不安や焦りから生まれます。だからこそ、プリント学習や暗記に頼るのではなく、まずは日常生活のなかで「数の感覚」をしっかりと育てることが大切です。そんななにげない生活のなかでの発見や気づきが、やがて確かな計算力へとつながっていきます。焦らず、楽しみながら、子どもと一緒に “算数センス” を育んでいきましょう。
未来先生(みらい・せんせい)
小・中学校の教員免許をもち、公立小学校で12年間、担任や英語の英語専科教員として2,000人以上の子どもたちと関わってきました。英や米への留学経験あり。これまでの経験や2人の男の子の育児をもとに、子どもたちが輝くヒントをお届けします。