芸術にふれる/アート 2018.3.27

アメリカ発の美術鑑賞教育法“VTS”は、観察力・批判的思考力・コミュニケーション力を育成する教育カリキュラム

長野真弓
アメリカ発の美術鑑賞教育法“VTS”は、観察力・批判的思考力・コミュニケーション力を育成する教育カリキュラム

アメリカのアーティストといえばアンディ・ウォーホールバスキアキース・ヘリングなど数々の現代アートの巨匠が思い浮かびます。新しい感性と躍動感ある生き生きとした作品を生み出す土壌がある国のアート教育に興味が湧きますよね。

今回はアメリカで広まった美術鑑賞教育法、VTS(Visual Thinking Strategy)をご紹介します。

VTSとは「学力を伸ばす美術鑑賞」

1980年代にMoMA(ニューヨーク近代美術館)の教育部部長のフィリップ・ヤノウィン氏と認知心理学者アビゲイル・ハウゼン氏が共にVTS(Visual Thinking Strategy)というあたらしい鑑賞教育を開発しました。これはアート鑑賞を通して、「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を育成する教育カリキュラムです。

鑑賞者はアート作品を見て、考え、意味を見出すプロセスを経験します。そして鑑賞者同士が互いの感想を語り合う対話形式をとります。これによって、物事を体系的に考える力やコミュニケーション能力、推察力、問題解決力が磨かれるのです。言語能力も向上させつつ、相手を尊重し民主的問題解決能力を伸ばす効果も期待できるとのこと。

美術以外の学業に苦戦している学生にも一定の教育効果を及ぼし、「アート」は人生において貴重な学習リソースであることに気づかされるアプローチになるのだそうです。

「アート」の枠を超えて教育の成果が期待できるこの画期的な教育法は世界に広がり、欧米、中東、南米など各国の教育現場に採用されています。特に発祥地アメリカでは300ほどの学校と100近くの美術館で導入されており、ハーバード大学医学部との共同プロジェクトも展開されています。

では、その内容を見ていきましょう。

「VTS」3つの行動プロセス

この教育法において能力向上を促す行動プロセスは次の3つです。

1. アート作品を見ること。
2. 年齢や発達段階に沿った問いかけに応えること。
3. 教師がファシリテーターとなり、グループディスカッションを行うこと。
(※ファシリテーターとは知識を教えるのではなく、中立の立場でグループ内コミュニケーションが活発に行われるよう調整する役割の人)

アートを効果的に鑑賞するための留意点

プロセス中、大事なのはやはり核となるアート鑑賞。効果的に鑑賞するための留意点を見てみましょう。

◇アート作品の選び方
対象となる作品はこどもたちの関心を引き付けるための大切な「仕掛け」ですので慎重に選ぶ必要があります。テーマはわかりやすくて親しみのあるものが適当です。それに加えて、考えさせるための謎めいた部分もある方がいいとされています。(例えば、家族がテーマの絵でお母さんだけが描かれていない絵)

テーマも偏らないように注意が必要です。複雑なアートほど多くの情報が作品の中に潜んでいるので、興味を持って集中して鑑賞することは複雑な問題に取り組むことと同じ意味があります。その過程で色々な能力が引き出されていくのです。

◇作品鑑賞の注意点
・コツはシンプルな作品から始め、徐々に複雑な作品を見るようにすること。
・鑑賞時間はひとつの作品につき15~20分ほど。
・静かにじっくり見ること。

 

こどもたちの可能性が広がる「3つの問いかけ」

VTSでキモとなるのがアート鑑賞後の「3つの問いかけ」です。この質問からこどもたちの可能性がどんどん広がっていきます

1. この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?
2. 作品のどこからそう思いましたか?
3. もっと発見はありますか?

(引用元:フィリップ・ヤノウィン・京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳(2015), 『学力をのばす美術鑑賞−ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』, 淡交社.)

1つめの問いは、描かれているものを見るのではなく、どんなことが絵の中で起きているのかを考えてもらうためのものです。そこから2、3の質問に自然と流れていきます。実際の例(対象:母親以外の家族が描かれた絵)をご覧ください。

児童1:貧乏な家族だと思う。小さい女の子とお父さんがいて、もしかしたらお母さんはいなくなってしまったのかも。それで、みんなでこの小さくて狭いところに住んでいる。だから、女の子か男の子かわからないけど、この子は泣いている。

<発言を聞きながら、教師は言及された箇所を指差す。ここでは「家族」「父親」「こども」「住んでいる場所」の順>

教師:人物に注目して、この人たちが家族だと教えてくれたのね。それも貧乏な家族で、お母さんは家を出て行ったかもしれないと。どこから彼らが貧しいと思ったのかな?
児童1:だってあんまりいい家に住んでいないから。ここがこの人たちの家だと思う。服もめちゃめちゃでボロボロだし、子どもの服もすごく汚い。
教師:貧しいと思った理由をいくつか挙げてくれました。この人たちの背景に注目して、とても簡素な家に住んでいる。それから服にも注目して、破れたり汚れているようだと言ってくれました。なるほど。もっと発見はありますか?
児童2:僕はこの人たちが貧乏でお母さんは死んじゃったか、何かあったんだと思う。それで……小さな家に住んでいるっていうのはジュリアン(児童1
)に賛成で、大きな嵐か何かが来たんじゃないかな。
教師:いくつかのことを言ってくれました。あなたもお母さんについて考えてくれたのね。お母さんに何かあったかもしれないというのは、どこからそう思ったのかしら?
児童2:みんなとても悲しそうだし、絵の中にお母さんがいないから。

(引用元:フィリップ・ヤノウィン・京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳(2015), 『学力をのばす美術鑑賞−ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』, 淡交社.)

このように、こどもたちは見て、考えて、そのことについて話すという役割を自然に行い、イマジネーションを広げ、推察力や表現力が磨かれるのです。これは、脳神経学でも証明されており、質問に応えようとすることが、脳の知覚を司る部分と言語中枢とをつなぐ神経経路を活性化することがわかっています。

ファシリテーターの役割とは

児童の発言に応え、ディスカッションを円滑に進める役割を担うのがファシリテーター(教師)ですが、そのために効果的なメソッドをご紹介します。

指差し:こどもが言及している絵の箇所を指差すことで、ファシリテーターの理解が間違っていないかを示すことができ、またこどもたちを作品に集中させることができます

言い換え:“発言の真意を掴み、相手に敬意を払う行為”で、こどもの発言を理解したことを伝えるために大切な行為です。これはこどもたちに「自己肯定感」、つまりは自信を与えることになり、能力向上に重要な要素となります。

リンク(発言を繋げる):発言者同士の意見をリンクすること。複数の同じ意見があることを示したり、違う意見がある場合「いろいろな考え方、見方がありますね」と多様性を示したりします。意見のリンク付けにより、刺激や気づきがあり、最初の意見が変化、発展していく過程がよくわかります。また、反対意見が敵ではなく価値あるものとして受け入れられるようになり、問題解決能力やコミュニケーション力向上に役立ちます

このメソッドは上で挙げた教師と児童の会話例にも表れています。私たちの日頃のコミュニケーションにも活かせそうでとても参考になりますね。

***
「VTSは“物事を深く考える”ことを促す。実際こどもたちの筆記、読解、理科の成長ぶりでその効果は明らか。」とはVTSを実践するアメリカの学校からの報告です。VTSはアートを題材とした教育法ですが、そのメソッドは生きていく上で大切な思考、行動回路を築いてくれる人間形成にとても重要な要素がつまっているようです。「好奇心を持つこと」「問い続けること」の大切さ。お子さんとアートに触れる際、参考にしてみてはいかがでしょうか。

(参考)
VTSジャパン実行委員会事務局|コンセプト
岡山県web site|ビジュアル・シンキングとは?
益田勇一 著(2017),「思考力と協調性を育てる美術鑑賞の指導」(原著論文),白鴎大学教育学部論集 2017,11(2), 305-316.
フィリップ・ヤノウィン・京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳(2015),『学力をのばす美術鑑賞−ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』,淡交社.