2019.7.20

動物園は子どもの「心」を育てる場所。“楽しみながら動物を知る”ことの大きな価値

動物園は子どもの「心」を育てる場所。“楽しみながら動物を知る”ことの大きな価値

日本全国にはさまざまな動物園があり、休日のレジャーとして不動の人気があります。しかし、動物園の役割はそれだけではありません。長年、動物園の研究にも力を入れていらっしゃる、上野動物園教育普及係井内岳志さんにお話をお聞きしました。

構成・編集/木原昌子(ハイキックス) 取材・文/田中祥子 写真/児玉大輔(※)

進化する動物園。さまざまな展示方法の違いも楽しい

動物園はさまざまな技術進歩とともに、展示方法も進化しています。子どものおじいちゃん、おばあちゃん世代から見ると、かつてとはかなり違った形態に変わっていると思います。そのひとつに、北海道の旭山動物園に代表される「行動展示」を取り入れる動物園が多くなってきました。行動展示とは、動物が本来持っている能力を活かした行動を見せる展示法です。

旭山動物園では、「ととりの村」ゾーンで鳥が自由に飛べるように大きなネットで囲ったり、キリンのエサかごを工夫して長い舌を使って食べる様子が観察できるようにしたりしています。上野動物園でも、ホッキョクグマが水中を泳ぐ姿をアクリルガラスごしに横から見たり、歩く足の動きを下から観察したりできるようになっています。大きなホッキョクグマが水の中で泳ぐ姿は迫力があって、とても人気です。これも、丈夫な水槽の技術が進歩したおかげです。

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大きなホッキョクグマが泳ぐ姿は迫力満点

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ホッキョクグマの足の裏も観察できる

また、「環境展示」という考え方もあります。これは、動物が野生で生息する環境を再現し、動物の本来の生態や動きの特徴を観察できるようにしたもの。環境展示を取り入れている動物園として、よこはま動物園ズーラシア(神奈川)やときわ動物園(山口)が有名です。

環境展示には、自然な環境で動物を見られるというメリットがありますが、その反面、やぶなどの中で休んでしまうと全く動物が見られないというというケースもあります。動物の細部を観察するには、コンクリートの運動場のような昔ながらの展示方法が適している場合もあるんですね。見る目的によって動物園を使い分けるなど、動物園ごとの違いを楽しむのもおすすめです。

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子どもの知的好奇心を育てる3つのポイント
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ふれあいコーナーはルールを守って優しく触れ合って

さまざまな動物園で、小さな子ども向けにふれあいコーナーが設けられていることは、皆さんご存じでしょう。上野動物園でも、「子ども動物園すてっぷ」でウサギやモルモットとふれあえる体験プログラムを実施しています。

その目的は何といっても、子どもたちが動物とふれあうことで、動物を身近に感じられるようになることです。しかし、動物たちにとっては、たくさんの人間に触られることは大変なストレスになります。そのため最近では、動物について正しく学んでいただいた後に、飼育員の指示に従って動物をひざに乗せて一定時間だけふれあっていただくようにしています。また、上野動物園では人数制限を設け、整理券を配布しています。それぞれの動物園が動物の福祉や安全を尊重しながら運営していますので、必ず動物園ごとのルールを守って動物にやさしく接してあげてください

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(公財)東京動物園協会提供

地球にはたくさんの動物がいる。それを知ってもらうことが動物園の役目

動物園の役割は、「レクリエーション」「教育」「野生動物の保護」「研究」の4つです。そのうちの「野生動物の保護」というのは、絶滅危惧種となった希少動物を増やして野生に戻していくこと。『それなら、人に見せない閉鎖施設でやれば効率的だ』と考える方もいらっしゃいます。確かに、動物にとってはそのほうが良いかもしれませんが、動物を増やして元の環境に戻しても、周りの人間にその動物を守ろうという気持ちがなければ、また同じように絶滅の危機に追いやられるかもしれません。動物園で動物のことを知ってもらうことで、多くの人たちにそれらの動物たちを何とかしてあげたいと考えてもらう環境をつくる。それが、今の動物園の一番大きな使命なのです。

たとえば、みなさんは、ジャイアントパンダが絶滅の危機だと聞くと、保護してあげなきゃいけないと考え、行動する人もいるでしょう。それはたぶん、みなさんがジャイアントパンダという存在を知っているからです。しかし、名前を知らない動物が絶滅の危機にあると聞いても、あまり心は動かされないのではないでしょうか。

また、家の向かいにシロという犬が飼われていて、毎日学校に行くときに頭を撫でてあいさつをしているとします。そのシロが病気になって死にそうだったら、とても悲しくなって何とかしてあげたいと思いますよね。動物園の役割は、地球上にいるさまざまな動物を「向かいのシロ」のように思ってもらうことです。動物を見て、自分と同じように生きている身近な存在に感じることが保護の気持ちにつながります。一般的に嫌われがちな蛇やコウモリも、持っている能力のすごさを知ってもらいリスペクトされることが大切なのです。

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ジャイアントパンダのシンシン (公財)東京動物園協会提供

2020年春、上野動物園に新しいパンダの施設が完成

2020年の春、上野動物園の西園に新しい展示施設「パンダのふるさとゾーン(仮称)」が開園します。ジャイアントパンダの生育地(中国四川省)に近い環境を再現し、本来の行動を引き出す起伏に富んだ放飼場を設置する予定です。楽しんで見ていただけるだけではなく、ジャイアントパンダの繁殖のための施設も充実します。分布域の重なるレッサーパンダなどの動物も複合的に展示し、よりパンダについて学べる施設になる予定です。

毎年「国際博物館の日」(5月18日)を記念して、上野動物園・国立科学博物館・東京国立博物館が連携したイベントを行っています。2019年は、国立科学博物館の「大哺乳類展」で標本や剥製を見た後に、上野動物園で本物の動物を観察できるようなコラボ企画を実施しました。今後も上野ならではの連携企画を考えていきたいと思っています。ぜひ楽しみにしてくださいね。

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動物園の大切な役割を、子どもにもわかる言葉で井内さんに話していただきました。親御さんからお子さんへぜひ伝えてください。動物園を楽しみながら、子どもの中に動物愛護の心が育ち、地球に住むさまざまな生き物を身近に思う。動物園は学びだけなく、心も育てる場所といえるでしょう。

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(※写真クレジット注記:(公財)東京動物園協会提供写真および記事冒頭画像を除く)

■ 上野動物園教育普及係・井内岳志さん インタビュー一覧
第1回:動物園は学びの場! 上野動物園の学芸員が伝授する、親必見の「動物観察準備テク」
第2回:解説のメモなんてしなくていい。「目の前の動物」から最大限学びとるコツ
第3回:「夏休みの自由研究」は動物園で。上野動物園おすすめの“調べ学習”のテーマとポイント
第4回:動物園は子どもの「心」を育てる場所。“楽しみながら動物を知る”ことの大きな価値

【プロフィール】
井内岳志(いうち・たけし)
恩賜上野動物園 教育普及係主任(学芸員)。大学ではサルの生態を研究。恩 賜上野動物園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園などの動物園・水族館で30 年以上、 動物園教育に関わる。大哺乳類展などの国立科学博物館との企画展 や、上野動物園で毎年恒例の夜間開園「真夏の夜の動物園」の企画など、さまざまなイベント・企画で動物たちの生態を紹介している。