あたまを使う/英語 2018.6.15

【田浦教授インタビュー 第12回】英語だけが特別視されている? 日本の英語教育成功の要

編集部
【田浦教授インタビュー 第12回】英語だけが特別視されている? 日本の英語教育成功の要

立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授の田浦秀幸さんに、バイリンガリズムや日本の子どもに最適な英語学習についてお話をうかがうシリーズの第12回目をお届けします。

第11回では、グローバルスキルとサブスキルという観点から、日本におけるこれまでの英語教育、そしてこれからの改革についてお話しいただきました。最終回である今回は、現状をふまえ、よりよい英語教育を実現するにはどうすればいいかを探ります。

英語だけが特別視されている

——前回、流暢さと正確さのバランスのとれた英語教育を両立させるのはなかなか難しいとうかがいました。日本の英語教育をよりよいものにするには、どうすればいいのでしょうか?——

田浦先生:
数学や体育、音楽の先生は全然非難されないのに、いつも英語の先生ばかりが叩かれますよね。「10年くらい英語を勉強しているのに全然英語できるようにならないし、英語教育どうなっているのか」ってね。

でも、考えてみてください。例えば、音楽。僕ら、小学校から少なくとも高校まで、学校でずっと音楽の授業を受けてきましたね。でも、うまく歌えなくても、誰からも文句を言われることはありません。僕下手ですけれど、「ああ、自分才能ないな」と思うだけです。同じように、数学ができなくても「ああ、自分ダメだな、努力不足だな」と思うだけですよね。

体育も学校でずっとやりますね。でも体育の時間だけで、足が速くなったり、テニスが得意になったりする子なんてあまりいません。そもそも「体育の授業でいつも走っているのに、僕なんで足遅いんだろう?」なんて、疑問に思わないですよね。

一方、クラブ活動で毎日テニスをやると、かなり上達しますね。成人になってテニスをするとき、すごく上手な人の多くは、学生時代にクラブでやっていた子たちですよね。同じように英語も、ESSのクラブ活動で毎日やっている人は、さすがにうまいですよね。

他の教科では、たとえ学校の授業だけでできるようにならなくても、先生は責められないのに、こと英語については「あれだけ勉強したのにできない」と言われてしまいます。なんだか英語だけ、ものすごく特別視されているような気がするんです。

日本語でできないことが英語でできるわけがない

先ほど、母語でできるということは、子どもの能力としてできることだと言いました。つまり、母語でできないことは、子どもはスキルとして持っていないんです。

今は、CLIL(内容言語統合型学習)やアクティブラーニングなど、いろんな授業のやり方がありますね。2020年の英語教育改革でも、英語で発表や討論を行う活動が重視されるようですね。

でも、学校の英語教師に話を聞くと「国語の授業で自分の意見を話す練習をしていない中学生が、どうして英語で自分の考えをまとめて発表することができるのか?」と言うわけです。もっともな話ですよね。

言語間距離が遠くても成功している海外の英語教育をヒントに

とにかく今の政治家や親御さんの、学校の英語教育に対する期待が、あまりにも高すぎます。英語の教育の仕方が悪いから、日本人の英語はだめなんだと思われていますよね。

でも実はそうではなくて、英語と日本語の言語間距離が遠いから、日本人が英語を高いレベルで習得するには時間がかかるんです。フランス人やイタリア人が英語を学ぶのとは、全然違うんですね。

だから上海をいい例にして、中国語のように英語と言語間距離が遠いんだけれども、質の高い英語教育をしているところから、学ぶことが多いんじゃないかと思います。

よりよい英語教育を実現するためには、やはり動機付けと時間、あとは先生が大事になってくるでしょうね。いい先生をどんどん養成すれば、ものすごく変わってくると思います。だって、いい先生が1人育ったら、年間に300人くらいの生徒に教えるわけでしょう。投資としても、そっちのほうがいいんじゃないでしょうか。

英語教育を成功させるためには、人材育成が最重要

例えば上海では、大学でいい先生をしっかり養成しています。大学の教員養成課程はとても厳しいんです。良い成績を取らないと、1年生から2年生になれません。教員採用までのプロセスも、日本の何倍もあります。本当にいい先生しか、教壇に立てないようになっているんですね。

晴れて上海の英語の先生になれても、1年目は、授業は午前だけ。午後は毎日のように、教育委員会に行って研修を受けています。毎日研修なんて、日本ではあり得ないですよね。上海では、大学の教員養成課程で良い先生を育てていることに加え、教員になってからのフォローアップもしっかりしているんです。

日本では今は、小学校の英語教育においては、現場の先生に押し付けていますよね。先生たちからは「困った、英語なんか教える予定がなくて小学校の先生になったのに」という声を聞きます。もう少し、研修をしっかりやってあげるべきだと思いますね。

または、英語力を高めようと、自主的に大学院に来ている先生には、給料を多めに出す。先生が英会話学校に通うなら、全額負担してあげる。小学校の英語の授業を現場の先生が担当する限りは、この人たちの力を高めてもらわないといけないので、こんな形で援助するべきでしょう。

それをやりながら、さしあたりは明治維新の頃のように、お雇い外国人を大量に雇ったらいいんじゃないでしょうか。海外の幼稚園や小学校でESL(第二言語としての英語)の授業をやっている先生の採用を、予算化したらいいと思います。

年度を区切って、5年なら5年でいいから、どかんと10倍くらい予算を出して、経験のある先生を雇ってあげる。そして現場の小学校の先生に、彼らと一緒にノウハウを蓄積してもらって、後は自分たちでできるようにするとかね。今のALT(外国語指導助手)にお金を出すよりも、こっちのほうが効果的なのではないでしょうか。

方針は良い。後はどう実現するか

日本の識字率は、ほぼ100%ですよね。やっぱり国として、しっかり識字教育をしています。英語教育も、同じようにできたらいいですよね。まず政府が動くと、一般の人もあまり心配せずにできるようになっていくでしょうね。

もちろん、今も少しは改善しているとは思いますよ。英語で英語の授業をすることや、英語教育の低学年化などは、方針としてはいいですね。ただ一歩まちがえると、受験競争が激しくなってしまいます。それは僕ら、望んでいることではないですよね。

だから、方向性はいいんだけれども、細部まできっちりと行き届くよう、目を配ってやって欲しいと思います。僕たちも、社会全体でしっかりそれに目を向けて、見ていかないといけないですよね。

【プロフィール】
田浦秀幸(たうら・ひでゆき)
立命館大学大学院 言語教育情報研究科教授。シドニー・マッコリー大学で博士号(言語学)取得。大阪府立高校及び千里国際学園で英語教諭を務めた後、福井医科大学や大阪府立大学を経て、現職。伝統的な手法に加えて脳イメージング手法も併用することで、バイリンガルや日本人英語学習者対象に言語習得・喪失に関する基礎研究に従事。その研究成果を英語教育現場やバイリンガル教育に還元する応用研究も行っている。

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英語だけが特別視されているという現状に、改めて気づかされました。学校の英語教育に対する世間の期待値の高さが好転して、さらなる英語教育の充実が図られることを願ってやみません。12回にわたり、貴重なお話を聞かせてくださった田浦先生、本当にありがとうございました。