芸術にふれる/演劇 2018.4.21

【夢のつかみ方】ミュージカル女優・笠松はるさん(後編)~努力を苦労と思わない、夢に対する熱中力~

【夢のつかみ方】ミュージカル女優・笠松はるさん(後編)~努力を苦労と思わない、夢に対する熱中力~

夢を見つけて、夢をつかむためにすべきこととは? 4歳で好きになった舞台に立つため「やりたい」ことを自分から言って、選び、前進し続けた笠松さん。しかし、受験直前の志望大学の変更をした高校3年生の秋からはじまったのは、夢を現実にするための苦しい日々。そんな時期を抜け見えた世界は、夢を必死に追い求めた人たちだけが集まる心地よい空間でした。

取材・文/渡邉裕美

志望大学変更で一浪したからこそ得た観劇の機会

高校3年生の秋に希望大学を変更、そこからはじめた東京藝術大学声楽科の受験対策。ソプラノ歌手である母親の師匠だった先生の指導のもと、大学ごとに異なる課題曲・自由曲の練習に時間を費やす笠松さんでしたが、現実は甘くありませんでした。

「先生にも一浪すると言われていましたが、やはり二次試験で落ちてしまって……。家での浪人生活は歌の勉強をする、ピアノの練習をする、本を読む毎日。しかも音楽系はすべて個人レッスンのため人とほとんど交流せずにいたせいか、一時期は精神的に追い詰められて歌えなくなるほどでした」

窮地を救ったのは、先生の「そんなことしてるから歌われへんねん。バイトでもしなさい」というひと言。バイト禁止だった笠松家に先生が話をし、それではじめたのが劇場のバイトでした。

「先生のアドバイスはありがたった。劇場でアルバイトすることにしたのは、舞台のそばにいたかったから。そして、いつでもタダで舞台を観ることができるからでした(笑)。しかもちょうどそのタイミングで、『劇団四季』が4作品ほど連続で公演を行ったんです。次も大学入試に落ちたらどうしよう……そんな不安もありましたが、『いまは辛いけど、わたしはここに立ちたいから頑張っているんだ』ということを劇場にいるたびに感じて、自分で自分に言い聞かせることができた。そういう意味ではアルバイトをして本当によかったと思っています」

アルバイトの現場で『劇団四季』とともに過ごし、翌春に東京藝術大学に見事合格。同級生と学ぶの日々は、これまで笠松さんが得られなかった精神的な満足度を与えてくれるに十分なものでした。

「声楽科でミュージカルの道に進みたいと思っていたのは、60人の同級生の中でたったのふたりしかいませんでした。その点では孤独ではありましたが、すごく面白かったんですね。自分の夢に対して真剣に、それも芸術という“浮かれ家業”に身を置くため必死になってきた子たちしかいない空間は、将来的に進む道がちがったとしても価値観が合う子ばかりでしたから」

さらに、大学合格前は『劇団四季』に入るために学業以外にも努力も続けていました。

「『劇団四季』のことを知らないといけないと思い、ファンクラブの『四季の会』会員になって、会報は隅から隅まで目を通していました。作品を世に送り出すときの思い、稽古場ではなにが行われて、どんなことが求められているのか。なにを考えて表現しているのかを出演者のインタビューから読みとって、いまの自分が甘くないか考えました。もちろん、市販されているCDや映像作品はすべて買って何回も何回も観ましたね。楽譜があればぜんぶ歌って録音して、その音源を聴くことで、出演者と自分の差はどんなものかも考えました。できないことができるようになればきっと使ってもらえると思っていたので、自分が素敵だと思うところは伸ばして、足りないところは何度でも練習するなどの対策も立てました。もし落ちてしまったら、その後どう生きていいかわからない……というくらいに必死だったんです」

『劇団四季』の世界で舞台に立つ――。その気持ちひとつで、一心不乱に夢を追い求めた笠松さん。その土台をつくったのは、こんな気持だったと教えてくれました。

「ターニングポイントになった作品、『キャッツ』や『ソング・アンド・ダンス』の衝撃をそこで受け流さなかったこと。そして、『こんなに追い求めたいと思えることが他にない』と自分で確信を持てたからだと思います。好きでやってきたことなので、夢をつかむまでの過程は努力と思っていませんでしたね」

頑張ったぶんだけ手にできる「いいこと」

『劇団四季』の入団オーディションを受けたのは、大学院1年生の冬。大型オーディションではなく、いつでも書類を受け付ける随時オーディションでした。

「『劇団四季』はオーディションに落ちても必ず結果を送付してくれる劇団なんです。ところが、送って半年経ってもなにも届かなくて……。先に入団した大学の友人に聞いたら、随時オーディションは開催していたと言うので、結果を知りたくて電話をかけたんです。そしたらその3日後、担当者の方から折返しの連絡が携帯電話に入って『在学中なので聴講生としていつからでも来ていただいて構いません』と。スーパーで買い物が終わって、自転車のかごに大根を入れた直後にかかってきた電話に『ありがとうございました』と泣きながら答えましたね。それこそ、予期せぬ返事に腰を抜かしましたけど(笑)。後日聞いたら、送った書類は選考していた方々が“東京藝大の声楽科でバレエを習っていた”ことに注目して、随時のオーディションとは別に浅利慶太さん(劇団四季創設者のひとりで演出家)に見せることになって、別の場所によけておいたそうなんです。そうしたら、わたしの履歴書の上に別の書類などが積み上がってしまい、そのままになっていたそうで。本当かどうかわかりませんけど……(笑)。返事を待っていた半年間は落ち着きませんでしたが、追い求めていた夢が叶ったあの瞬間をいまでも忘れませんね」

自分の描いた夢に必死だった笠松さん。その行動すべてに意味があることを実感するようになったのは、『劇団四季』入団後にあったそうです。

「大学院を受験しようと思ったのは、単純にレッスン数が増えるからという理由でした。より多く練習して歌を上達させて、なおかつ大学院の受験というハードルを超えることで精神的なプラスにもなると思ったから。難関ですから実際に受かるとは思っていなかったのが正直なところです。ただ、運良く大学院に受かることができて入学し、修士論文のために作曲家のレナード・バーンスタインの研究をしたところ、『劇団四季』初舞台から半年後に『ウェストサイド物語』のヒロイン役に恵まれた。この作品の作曲家こそ、バーンスタイン。どのような経緯で彼がこの曲を書いたのか全部わかっていたから、楽譜から感じることも多く、さまざまなインタビューで詳細に話すこともできた。『劇団四季』から半年連絡がなかったから、その研究ができたんですよね。それに、大学受験で一浪したから、劇場でアルバイトをして『劇団四季』の作品をたくさん観ることもできた。こんな経験から思うことがあるんです。必死で頑張っている過程で起きた辛い経験というのは、絶対にいいことにつながっていくものだって」

前編はこちら→

【プロフィール】
笠松はる(かさまつ・はる)
東京藝術大学声楽科卒業。同大学院修了。第16回日本クラシック音楽コンクール声楽部門大学院の部最高位受賞。2007年より8年間、劇団四季の主演女優として『ウェストサイド物語』(マリア役)、『オペラ座の怪人』(クリスティーヌ役)、『サウンド・オブ・ミュージック』(マリア役)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(マグダラのマリア役)、『アスペクツ・オブ・ラブ』(ジュリエッタ役)、『赤毛のアン』(アン・シャーリー役)、『ミュージカル李香蘭』(李香蘭役)、『ヴェニスの商人』(ネリサ役)など、数多くの作品で活躍。退団後は女優・歌手として、数多くの舞台やコンサートで活躍している。退団後の主な出演作に、『一人オペラ【声】』『ロマンシングサガTHE STAGE』『花火の陰』『父と暮せば』『ボクが死んだ日はハレ』『ねこはしる』『Suicide Party 』などがある。2018年6月~7月は東宝『シークレット・ガーデン』(シアタークリエ)にローズ役で出演予定。また8/25(土)には、地元大阪(梅田ボニーラ)にてプレミアムソロライブを開催する。詳しくは以下を参照。
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