芸術にふれる/演劇 2018.4.17

【夢のつかみ方】ミュージカル女優・笠松はるさん(前編)~好きなことを将来の夢にする、ターニングポイント~

【夢のつかみ方】ミュージカル女優・笠松はるさん(前編)~好きなことを将来の夢にする、ターニングポイント~

日本のミュージカル界を牽引する劇団四季に入団後、すぐに『ユタと不思議な仲間たち』の東京初公演初日のヒロインからミュージカル女優としてのキャリアをスタートさせた笠松はるさん。子どものころから抜群に上手と言われ続けた歌を、「劇団四季で歌う」ために続けたたゆまない努力――。その根底にあったのは、好きなことに対する“熱中力”でした。どれほど熱中し、どう夢をつかんできたのかを語ってもらいます。

取材・文/渡邉裕美

正しい知識でサポートしてくれた母の存在

笠松さんがはじめて舞台に立ちたいと思ったのは、4歳のころ。観劇が好きだった祖母とソプラノ歌手を生業にする母親とともに通っていた、『宝塚歌劇団』との出会いがきっかけだったと言います。

「大袈裟に言うと、母のお腹のなかにいたころから舞台は見ていたような感じです(笑)。当時は入場に関する年齢制限がなかった『宝塚』に、赤ちゃんのころから連れて行かれたのですが、泣きもせずにじっと観ていたそうです。弟を同じように連れて行ったら大泣して大変だったと言いますから、わたしはそのころからミュージカルが好きだったのでしょうね。それで、4歳のときに『あっち側(演者)に行くにはどうしたらいいの?』と親に聞いて、バレエを習うことになりました。母が探したいくつかの教室を見学して、わたしが『この先生がいい』と言って『法村・友井バレエ団』の教室でバレエをはじめました。そこから高校卒業まで、受験のために休みを挟みつつですが踊っていましたね」

最初から歌や芝居ではなく、バレエを習い事として選択したのは、こんな理由が隠されていたそうです。

「母の持論がありました。子どものときに歌やお芝居をすると、子役のクセがついてしまうと考えていたので習わせたくなかったというんです。その後に、ミュージカルの『アニー』や『ピーターパン』に憧れてオーディションも受けたいと言ったときもやはり反対されて……。『大人の声になるまではやらないほうがいい』と母から言われ高校1年生の秋まで歌は習わず、芸事に関わる習いごとはバレエ1本でした」

それでも楽しく週1回のペースで通っていたバレエ教室。ところが、小学校5年生で将来を決めるできごとと出合うことになります。ターニングポイントとなったのは、『劇団四季』の公演『キャッツ』の衝撃でした。

「観た瞬間、『わたしは、舞台に立ちたいんじゃなくてミュージカルがやりたいんだ。どうしてもわたしがやりたいのは、これのことだ!』と、思ったんです。他のミュージカルを観て素敵だなとは思ってきましたが、世界観がまるでちがう。なんて言っていいのかわからないほどの衝撃を受けました。親に『キャッツ』のCDを買ってもらって、劇中歌をすべて覚えて、お願いしてもう一度観に行って。当時だけで合計4〜5回は観たのではないでしょうか。最後は夜の難波にひとりで観に行ったくらい。いま考えたら、子どもがひとりで街をうろうろするなんて危ないですよね(笑)」

これがまさに“熱中”のはじまりでした。そこから、「ミュージカルの舞台に立つ!」と将来の道を描きはじめた笠松さん。さらに、夢が具体的になる出来事と遭遇しました。

タブーを打ち破る将来の夢に対する強い決意

「ソプラノ歌手である母は、海外で仕事があると英語版の『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』のCDを買ってきてくれました。ちょうど中学生になり英語の授業もはじまったので、『レ・ミゼラブル』の歌詞を日本語に訳してみたり、原作のビクトル・ユーゴーの小説『ああ無情』を読んで、どのシーンにどの曲が使われているのかを確認をしたりするほどミュージカルに夢中になっていました。そして、高校3年生の秋に『劇団四季』の『ソング・アンド・ダンス』を観て、『わたしはミュージカルをやりたいけれど、『劇団四季』で演じたいんだ』となった。このとき、わたしは他のどの劇団でもない、『劇団四季』に入団したいと決意したんです

そのためにすべきこと――。笠松さんが考えたのは、まず東京藝術大学の声楽科への入学でした。

「『ソング・アンド・ダンス』のプログラムを見たら、ソングパートの出演者全員が東京藝術大学の声楽科出身でした。あとから考えればそんなことはないのですが、そのときは東京藝術大学に行かないと、『劇団四季』に入れないと思ったんです。高校1年生の秋から歌を習っていたのは、母の師匠でもある先生。進路希望は、先生が教鞭をとる京都市立芸術大学にしていました。でもそれだと劇団四季には入れない……そう思ってしまった。というか、思い込んでいたのでしょうね。当時の声楽界ではミュージカルをやることを邪道と考える人も多かったのですが、『先生ごめんなさい。でも、ミュージカルの道に進みたいです』と伝えました。先生は大学でどんなふうにわたしを指導しようかとか、声楽界で一人前にしてあげたいと、指導プランも考えていてくれました。でも、そのプランすべてができなくなるのを飲み込んで、『じゃあ、東京藝大に行く勉強に切り替えましょう』と言ってくださったんですね」

そして、高校3年生の秋に、日本でもっとも難易度の高い芸術系大学の東京藝術大学へ進路変更。準備が間に合わず一浪した笠松さんでしたが、遠回りしたからこそ得たものもたくさんありました。

後編に続く→

【プロフィール】
笠松はる(かさまつ・はる)
東京藝術大学声楽科卒業。同大学院修了。第16回日本クラシック音楽コンクール声楽部門大学院の部最高位受賞。2007年より8年間、劇団四季の主演女優として『ウェストサイド物語』(マリア役)、『オペラ座の怪人』(クリスティーヌ役)、『サウンド・オブ・ミュージック』(マリア役)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(マグダラのマリア役)、『アスペクツ・オブ・ラブ』(ジュリエッタ役)、『赤毛のアン』(アン・シャーリー役)、『ミュージカル李香蘭』(李香蘭役)、『ヴェニスの商人』(ネリサ役)など、数多くの作品で活躍。退団後は女優・歌手として、数多くの舞台やコンサートで活躍している。退団後の主な出演作に、『一人オペラ【声】』『ロマンシングサガTHE STAGE』『花火の陰』『父と暮せば』『ボクが死んだ日はハレ』『ねこはしる』『Suicide Party 』などがある。2018年6月~7月は東宝『シークレット・ガーデン』(シアタークリエ)にローズ役で出演予定。また8/25(土)には、地元大阪(梅田ボニーラ)にてプレミアムソロライブを開催する。詳しくは以下を参照。
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